渦巻
尾八原ジュージ
木場さん
その夜「こんばんは」と声をかけた私に、木場さんは「はじめまして」と応じた。
「ぼく、先祖が霊媒師だか何だかをやってたらしくて」
しばらく当たり障りのない会話を続けるうち、お酒が進んだ木場さんは突然そんな話をし始めた。居酒屋のカウンター席でミックスナッツをつまみながらビールを飲む彼には、不思議な力があるという。
「死期が近い人がわかるんですよね。そういう人って、顔がグニュ〜って渦巻みたいになるんで」
ちょうどそのとき、店内のテレビが気象情報を映しだした。木場さんは画面中の台風を「ほら、あんな感じ」と言いながら指さし、なぜか楽しそうに笑った。
「ああいうのが顔の真ん中にできて、誰かわかんなくなっちゃうんですよ。ぼく、人の顔を覚えるのはわりと得意なんですけどね」
はは、と私は苦笑いを返す。
私が木場さんにこの居酒屋で会うのは、今夜が二回目だ。
なんならこの話を聞いたのも二回目だ。そのとき「あの人渦巻です」とテレビの画面越しに楽しそうに指さした俳優が、まもなく本当に急死したことも記憶に新しい。
(木場さんってば。私たち、こないだもここで会ったじゃないですか。忘れちゃいました?)
そう尋ねること自体は簡単だ。でも、さっきから私はそれを避けている。
彼には今、私の顔がどんなふうに見えているのだろう。
もしかして――
(いやいや、きっと木場さんは私の顔を忘れてるだけだ。そもそもこんなのは酒の席の作り話で、あの俳優のことだってまぐれ当たりかもしれないし)
そんなことを考える私に追い打ちをかけるように、木場さんは「ま、生き物はみんないつか死にますし」と慰めるように言って、へらへら笑った。
渦巻 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます