行く!行くな!行くな!
ケーエス
行く!行くな!行くな!
先祖から代々秘密に伝わる秘宝、「X」を求めて我々はお盆休みに旅にでかけることにした。
しかし、お家でのんびり「ひ〇おび」を見ていたところ、息子からこんな一報が届いた。
「お父さん!台風が発生したって」
「なんだと!!」
俺は立ち上がった。
秘宝があるというフィリピンへの飛行機を予約した矢先、フィリピンの東数十kmに台風が発生したというのだ。
「え、無理じゃん」
息子がはっきり言った。
「何言ってんだ、息子ぉぉぉ!」
俺は息子を肩にのせた。
「秘宝はな、このお盆のときにしか現れないんだ! だからな、行くしかないんだ!」
「父さん、下ろしてえ」
息子が足をジタバタやった。
「ちょっと何言ってんのあんた!」
ドアをブチ開けて入ってきたのは妻だ。
「台風があるところに飛行機なんて飛ばないでしょ! バカなこと言って!」
妻もはっきり言った。
「何言ってんだ、つまああああああ!」
俺は妻をもう一方の肩にのせた。
「俺はな、行くって言ったら行く、行かないって言ったら行かないんだよ!」
「家の中で高度を上げないで!」
「父さん、下ろしてえ」
息子がジタバタやった。
「絶対やめた方がいいですよ!」
玄関のドアをブチ開けて入ってきたのは……。
「きゃあああああ!誰?」
妻の口がブレーキ音を発した。
「お前の愛人か?」
「そんなわけないでしょ!」
右肩の妻が俺の頬を叩いた。
「私は宅配便の者です」お兄さんは両手にある小さな段ボールを掲げた。
「聞いてしまったのでつい」
お兄さんはウインクした。
「ついじゃねえだろ」
「家宅侵入よ!」
「万が一現地についたとしてもですよ」
多大なる批判を前に、宅配のお兄さんは続けた。
「秘宝にたどり着くまで大雨、暴風、洪水、波浪、高波に警戒しないといけないんですよ」
「確かに……」
「いや船舶か。ちょっと待てお父さん、今あのお兄さん秘宝って」
俺は言葉を失った。息子と妻を肩にのせている今、それなりの肉体に仕上がっていることは確かだ。だが、しかし。台風という自然の猛威に対抗することはできるのか。風が吹けば人は飛ぶ。自然の摂理。全くもってその通り。それはどうすることもできないお決まりなのだ。
「わかった。諦める」
「ええ!本当に?」
妻の口の奥から古いパソコンが起動音がした。
「俺、じいさんもおばあさんも親父も手に入れなかった秘宝を、どうしてもこの代で手に入れたいって思ったんだ。でもさ」
俺は両脇に見える足を見た。
「俺には大事な家族がいる」
「あんた……」
妻の足が震えた。
「そんな家族を連れて行くわけにはいかねえ」
「父さん……!」
息子の足も震えた。
「だから行かない!」
「「父さん!」」
両肩の家族は大黒柱の決心に大変感激したのだろう。妻は俺の頬を殴り、息子は必死に降りようとした。俺は1人ずつ下ろすと両腕で抱きしめた。
宅配兄やんがボソッと言った。
「てか2人とも連れて行く気だったんですね」
その後、俺たちはしばらく「ひ〇おび」を見ていたが、不法侵入者の存在を再び認めた。
「お兄さんまだいたのか」
俺が言った。
宅配人は玄関から見える外の景色をバックに街灯みたいに突っ立っていたため全く気がつかなかったのである。
「ハンコを頂きたいんですが」
「あんた本物なんだ、つま、ハンコを」
「自分で取りなさい、あとあたしアケミ」
「そうかつま」
俺は戸棚からハンコを取り出した。
「えーと、どこだっけ」
「迷う人始めて見ました」
ハンコの裏を確認して、確認の印を目ざす。そこでふと気がついた。
「そうだ!」
「どうしたの? 台風を吸い込むのは無理よ」
「そりゃわかってる、宅配くん」
「あ、ボク近藤です」
「近藤くん」
俺は2mmの距離まで近づいた。近藤は後ずさりした。
「君に行ってほしいんだ」
♦
拝啓
まだまだ残暑厳しい中、いかがお過ごしでしょうか。近藤です。
秘宝ですが見つかりました。先代から伝わる巻物の暗号、見せてもらいましたが、あれを解くことができました。全落ちした公務員試験で解いたことがありましたので。どうやら秘宝はとれたてのナッツのようです。ですが実に困りました。現地の方に尋ねたところ、ナッツの収穫は秋と言うんです。しかも私が滞在中台風がまた来まして、今ホテルに缶詰め状態になってしまいました。向こう1週間はここから動くことができないようです。どうしてくれるのですか?
今私の全精力を解き放ち、台風に込めました。今日の「ひ〇おび」は見ましたか? おそらく進路が変わっているはずです。あなたの家に。それではお元気で。
敬具
8月×日 近藤
行く!行くな!行くな! ケーエス @ks_bazz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます