第32話

「とうさん? ヨルの父親ってことは支配人オーナーの……」

「そ。ぼくとにいさんの正真正銘、本物のとうさんさ」


 なにがなんだか全くわかっていない様子のマシューに、ヨルは金色の瞳を細めてふんっと鼻から短く息をはき出しました。


「や、だって気になるんだが……ヨルは大蛇だろ? 支配人オーナーは狼だろ? 父親ってどういう」

「あーもう。キミってほんとにものを知らないんだね、元は人間だったエリースの方がずっとずっと賢いんだから。ぼくとにいさんは姿かたちは違えど、ちゃんと血を分けた兄弟だよ。とうさんの名前は、邪神ロキ——この世の全ての悪意といたずら心と、にいさんの何倍も性悪で何倍も乱暴で、それを煮詰めて瓶詰めにしたような、そんなとんでもない神様さ」

「……」

「なにその表情カオ

「いや、俺の知ってる支配人オーナーと、お前の話に出てくる支配人オーナーのイメージが毎度どうも合わなくって……」


 ヨルはまだ何か言いたそうにその目を細めましたが、「とにかくっ」とマシューをぎょろりと見つめると、「はやくユルを昼番から呼び戻すんだね」と忠告するように告げたのです。


「……なんだかよくわからんが、わかったよ。ユルを探せばいいんだろ?」


 その時、夜更けになるはずのホテルの時計塔の鐘が、リーンゴーンとけたたましく鳴りました。まるで何かがぶつかったかのよう——とそちらを振り向くよりも先に、時計塔の方から真っ黒な炎が庭の真ん中に転げるようにおちてきたのです。

 その炎は、ぞろり、ぐぉぉおんと巨大な狼が恐ろしく吠えるような形になったかと思えば、瞬く間に縮み、皆が見慣れた支配人オーナーの姿になりました。


「やあ皆、ちょっと慌ただしくなってすまないね。ちょっとお帰り願いたい方がいてだね。少し皆にも備えてほしいんだ」


 庭の草が焼けた焦げくさい匂いと共に、そこには巨大な魔法陣が現れました。

 ホテルの従業員たちも中庭に集まり、支配人の指示を聞くと自分たちの持ち場へと散り散りになっていきます。

 客室には守りのまじないをかけ、ホールから金物や食器を割れないようにしっかりと棚へ引き、全ての蝋燭の火は一旦吹き消してしまいました。


「ユル、キミはマシューと森の方へ隠れていなさい」

「えっ、でもぼくも皆と一緒にお客様の誘導に……」


 スッと、支配人オーナーが屈んで、だいぶ伸びたユルのその視線の高さまで目線を合わせると少し困ったように微笑んで言いました。


「ユル、キミは私たちの大切な家族、ホテルの一員だ。けれども、キミはニンゲンでもあるんだよ。私たちの何十倍も、ニンゲンの身体はもろい。ほんの少しの戯れで、泡のようにはじけてしまうことさえある。お客様よりも、今はまずマシューと一緒にホテルから離れているんだ」

「……」

「本当はね、ヨルムンガンドに地下の深いところで守ってもらうことも考えたのだけど。しかし、相手があの父上じゃあヨルムンガンドを探し回るだろうし、本当に何をしでかすかわからないからね」


 ユルも、マシューもなにがなんだかわかりません。けれども、大変なことが起きようとしていることくらいは見当がつきました。


「ほら、ユル。今は支配人オーナーの言うとおりにしよう」

「……わかった」


 マシューが外套をユルの肩にかけて、その身体を引きよせようとした時です。

 パァーン! パァーン、バァァァンッと空に巨大な花火のような火花が舞いはじめたのです。


「にいさん……おそかったかもしれない」

「なにっ。だって手紙には三日後の満月の夜って……せめて来るなら明日だろうと」

「その手紙が届いたのって?」

「今日だよ。さっきヨルムンガンドも見ただろう?」


 バリバリバリバリッ!! と空が破れるような音が辺りに響き渡ります。

 ヨルが大きなため息をついて、その胴体をユルとマシューを守るようにずいとふたりに近づけました。


「あのびっくりドッキリサプライズが大好きなとうさんが、日付なんか守るわけないじゃない……」


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ホテル・ゴーストステイズの不思議な仲間たち すきま讚魚 @Schwalbe343

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