Moonglow, let it take u away

第31話

 春の終わり。森には緑が力強く生い茂り、春のたおやかさとはまた違った力強い生命のさえずりが響きわたります。

 一年でもっとも昼の長い季節、お化けや怪物たちにとってはもちろん休息の時期になります。ロングステイやバケーションで毎年いらっしゃる、暗闇の住人の方々からの予約でホテルは相変わらずの大忙し。ええ、どんな季節だって、【HOTEL GHOST STAYS】にはおやすみの期間なんてないのです。


 じめじめお化けの部屋から回収したシーツは、洗濯してパリッとした天日干しに。陽の光の下でも元気に動ける精霊やモンスターたちの出番です。

 暖炉の火もあまり使わなくなるこの季節、木こりのマシューの仕事は庭の手入れや山の恵みの収穫へと変わります。

 もうユルも15さいになりました。背も伸びて、ペールグリーンと金の糸で彩られたホテルマンの制服も、すっかり似合う年頃です。


「ユルったら、どんどん美味しそうに……ごほんっ、素敵に育つんだからっ」


 庭の人食いラフレシアやマンドレイクたちは、口々にそう呟きます。

 もちろんユルのことは、大切な大切な友だちですから、誰も本当に食べようだなんて思ってはおりません。キラキラと輝き、昼の光を浴びて成長するニンゲンであるユルへの、精一杯の褒め言葉のつもりなのでした。


「ねっ、マシューもそう思うでしょ?」


 たんぽぽの妖精たちがふふふと笑いながら、庭の手入れをする狼人間ヴェアヴォルフのマシューにそう語りかけます。


「いんや、いつまでたってもユルは生意気なガキだよ」

「そんなぁ、あんなに美味しそ……可愛いじゃない」

「おまえが言うと余計そうは思えないから不思議なもんだな」


 人喰いラフレシアのにんまりした花弁を横目に、マシューは少々呆れたような表情で雑草を抜いておりました。


「そんなこと言って、ヨルからあんなに一生けんめい取り返したんだからさ」

「そうだよ。だいじにだいじに、お月様のひまわりや夜露の赤バラのように美しく育ててあげようよ」

「ねっ、ねっ。お手入れをおこたっちゃだめなんだよぅ」

「どーすんの、マシュー? だってユルはさ」

「さぁてね。おれはアイツが自分のしたいようにここで暮らせれば、それでいいと思うんでな」


 そそくさと話を切り上げて、水晶湖のジョウロを取りに向かうマシューの背中に、花や妖精たちは首をかしげるのでした。


 そう——ユルの片方の手には、遠く遠い果ての地に棲む氷の女王の呪いがかかっているのです。その呪いは16さいを迎えると、ユルを凍りつかせてしまうという恐ろしいものでした。溶けた呪いは片手だけ。マシューはきっと今も、ユルの呪いを解こうとしているはずだと、皆はわかっておりました。


「ったく、服を脱ぎっぱなしにするんじゃないとあれほど……っ」


 ベッドの上に放り投げられたパジャマをたたみながら、ここにはいないユルにお小言を呟きます。マシューにとって、ユルは拾ってきたあの日から変わらずに、小さくて少々手のかかる子供のつもりでした。


「16さい、か」


 制服も、パジャマも、実は何度仕立て直したことか。

 ユルがみるみる大きくなっているのも、マシューにはわかっておりました。

 男物の制服だって、一度だってユルは譲りませんでした。ほんとうは、幽霊ファントマのエリースや人魚マーメイドのジェムのように、女物のドレスがほしいんじゃないのかと心底心配することもあります。


「おれと暮らしていたら、おしゃれなんかできやしねぇだろうしなぁ〜」


 質素なこの木こり小屋での暮らしは、果たしてユルにとって幸せなんだろうか。いつもは考えないようにしていることをふと思い出してしまって、マシューは大きなため息をつきました。


 その時でした——。


「なぁに、呑気にため息なんてついてるの」

「うっわ、ヨル!?」


 小屋の窓いっぱいに映るのは、大きな金色の瞳。

 普段は滅多に地上に出てこない、ホテルの地下に棲まう大ヘビ、ヨルムンガンドです。


「たいへんだよ、マシュー。ユルを連れて逃げるんだ」

「は? なに言って……」


 驚きすぎて腰がぬけそうになるのをやっとこさ堪えたマシューに、ヨルは窓を突き破りそうな勢いでその舌を出しながら告げました。


「とうさんが、このホテルにやってくるんだよ——」

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