立ち上がれ

 無駄な過去でも無駄にはならなかったらしい。


 頂上オトリュスはまだまだだろうけど確実に上に向かっている。いや、頂上へ向かっていたんだ。


 おれはもう動かなそうなカラダを雪山に預けていた。吹雪除けのために断熱性皆無な己の結晶を被って暖を取っている状態だ。まあ、ただ死に損なっているから今にも切れそうな命綱を握っているだけだ。


(ああ、眠いな……いや、眠いからって何やってんだ、おれは人間じゃねぇだろ。こんなところでうずくまっていても何も変わらねぇぞ。立て結晶人!)


 と、おれは何時間かぶりに立ち上がろうと努力した。


 氷の塊がちらほら。周りを見渡せば、そこにはまだ生きているかのような動物たちが氷漬けにされている。ニレンが作った結晶の中に閉じ込められているかのような、芸術的で幻想的で、生と死の狭間を彷徨っているかのような動物たち。


 死してもなお美しく誇り高くある動物たちは、死んでいるようなおれを見て何を思うのだろう。黄泉の国へ誘っているのか、それとも国へ帰れと言っているのか。


 と、おれは己のくたびれたカラダをもちあげた。まだ死ねないし国にも帰れない、おれは生きて頂上を目指さなきゃならないんだ。


 どういう理由があって頂上を目指したのか分からないが、死した動物たちはみな頂上を目指すかのように同じ方を見ていた。そしておれも、動物たちと同じく見えない頂上を見ている。


(さあ動物たち、寝ている暇はないぞ! 百獣の王のお通りなのだ、今すぐ道を開けよ!)いいや――『獅子のこどものお通りだぞ! 王位争奪戦から逃げた負け獅子のお通りだ! 曝し罵れ! 谷に落とせ!』こっちの方がおれに似合っているな。


 けもの道、けものと言うには道なき道、白一色の天候吹雪をもって、我が息吹絶とうとオトリュスは氷結界で阻み、我が肉体を氷牙の剣で襲い来る。


 天地あめつちよ、おれを穿ってみせろ。






<memory>//思い出したのは悪ガキの頃の記憶だ


「アザミ・アーサー・アルトリウス、ニレン・ユーサー・ペンドラゴン。それがこのセカイに刻まれるであろう最後の名前になる。人間らしい名前だ」


「人間にはなれないがな……というかおれのサードネームとラストネームを勝手に決めるなよ――かっこいいからそれでいいけど」


「まあ、ぼくの方がかっこいい名前だけどね」


「ユーサーはダサいね、特に今の人間共にとっては憶えづらい名前だ」


 口を開けば汚い言葉ばかり発していたクソ悪ガキの頃、おれもニレンも人間に興味を持っていた。興味ばかりが駆け足で、成長するカラダは緩やかで、何もかもが珍しくて、知りたいことや知らなくていいことが山ほどあった。


「人間ってどうしてみんな歪んでいると思う……」と悪ガキニレンは質問してくる。


「はあ? そりゃあ人間の顔はみんな歪んでいて不細工だろう。質問する必要がないほど人間はサラブレットの駄馬確定のクソ遺伝子で出来てんだろ。まともな奴も中にはいるが、やっぱり良い奴は顔に出るんだよ、早死にする奴とかはよく顔に出る」


「そういう歪んでいるじゃなくて、ぼくたちの基となる人間はどうしてみんな内側から腐っているのか? って質問してみたんだよ」


 基礎が基礎ならおれたちも大概だろ。てか、人間はみんな歪んでいるなんて話は普通しないぞ。その点を考えるとおれたちは相当歪んでいると思う。


「歪んでんのは人間だけじゃねぇ、このセカイが歪んでんだよ」


「へー、アザミはこのセカイのことを少しは見ているんだね」


「まあな、見えないところばかり見ているからな」


「先を見ているってことか、その目は母譲りなのかもね」


 母? おれたちに親なんて者がいたとでもいうのか。自称我が弟ニレンよ、残念なことこの上ない今日に真実を伝えると、親なる者はおれたちを谷へ落としたのだよ、もしくはおれたちが親を谷へ突き落としたのです。ほんとめでたくないよ、何もかもが歪んで見えてしまうこの目は己の将来さえも歪んで見えてしまう。


「お前の方が先を見ているんだろ……」


「もちろん、これでも歪んだヒトの遺伝子から生まれたからね。ぼくたちはこのセカイで人間として生まれないけど、どんな生物よりも誇り高く生まれてきたんだ」


 おれは昔から上ばかり見ていた。


 ニレンは昔からどこを見ているのか分からなかった。


</memory>

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天地日種ノものがたり<Strife> 笑満史 @emishi222

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