生きることに不器用な二人が織りなすヒューマンドラマ、ひとこと紹介ならばそんな物語でしょうか。
しかし、ひとことでは語りつくせない密度のこもったドラマでした。
主人公の穂花(ほのか)は特にもやりたいことも目的も見いだせなかったカフェ店員。
もちろんカフェの雰囲気が大好きで、そこでまじめに働くことが彼女のすべて、といった具合。
しかしある日、彼女にあらぬ疑いがかけられたところから、彼女が大事にしていた小さな平穏はあっけなく崩れていきます。
そんな彼女と知り合うのが、もう一人の不器用な男。トラックドライバーの出島さんです。
この二人、普通であれば接点がないはずなのですが、導かれるように出会います。
しかしいかんせん不器用な二人、この距離が縮まらないのはもちろん、手探りで少しづつしか話せません。
この雰囲気が実にリアルで、その心中描写は誰しも心当たりがあることで、二人のキャラクターが等身大に身近に感じられます。
そんな二人の間に巻き起こった一連の騒動、もがく中で出てくる出島さんの不器用で言葉少ないながらも、どこか芯をとらえた援護と応援の数々が胸に迫ります。
じっくりと読んでいるうちにすっかり作品世界に引き込まれました。
なんというか突飛なドラマではないし、手に汗握る事件が起こるわけでもありません。
そこにあるのはあり得そうなエピソードと、周りにもいそうなキャラクターたちが織りなすドラマです。
それでもついつい続きが気になるのはキャラクターの魅力と、文章の巧みさ、ちょっとした表現も印象的な作品の雰囲気のせいです。
そしてラストに現れる読後感のすがすがしさ。
タイトルとも相まって感動的でした。
物語を書くことを愛している、そんな気持ちがにじみ出ている素晴らしい作品でした!
どんな平凡な人生だって、時に荒波やつまづきがあるもの。
本作は23歳のカフェ店員と38歳のトラック運転手という、全く接点のない二人の人生が寄り添っていく様を描いた、心に沁みるヒューマンドラマです。
タイトルにもある『自動販売機』が、物語の要所要所で象徴的に描かれており、視覚イメージとしても印象的です。
身に覚えのない不倫疑惑に悩む主人公・穂花が、偶然出会った出島という男性に相談を持ちかけるランドマークとして。
お気に入りの飲み物と共におしゃべりをする大事な場所として。
作中で例えられたように、真夜中に光を発する自販機はまさしく灯台でした。
生きていくため、居場所を確保するため、どんな歩み方をするのか。
決して器用とは言いがたい二人が、一つ一つ歩みを進めながら、優しい時間を過ごす。
穂花ちゃんが何を大切に思っているのか、出島さんがどんな人生を辿ってきたのか、断片的な描写からでも奥行きの見える筆致で、リアリティと説得力を感じました。
没頭から言及されていた不倫問題に関しては、クズキャラを描くことに定評のあるゆきはさんの筆が今作でも冴え渡っていました。
丁寧に積み上げられたヘイトを一掃するクライマックスは、伏線回収とも相まって見事なカタルシス。
おっとりした二人が手を取るに相応しい衝撃的な出来事から、温かなラストシーンへと繋がる流れが素晴らしかったです。
目指すべきところだったり、中継地だったり、そして背中を押してくれる出発点にもなり得る灯台の光。
行く道を照らしてくれる存在を見つけられたら、凸凹の道も怖くないかもしれません。
自分の人生の大切なものを見つめ直したくなるような、素晴らしい作品でした!