夜花に願いを
鳴代由
夜花に願いを
遠くの空が、だんだんと淡く、紫色に変わっていく。眩しかった太陽も沈み、辺りは夜に包まれた。だが今日は静かな夜ではない。あちこちで聞こえる太鼓の音に鈴の音、それににぎやかな人の声。
これから始まる祭りに、私は少しだけ心を躍らせる。一年に一度しかないこの祭りのためにタンスから引っ張り出してきたひまわり柄の浴衣を着て、下駄を鳴らした。
この祭りは毎年、盛大な花火が打ちあがる。数にして何万発か……だと地域から配られたチラシに書いてあったはずだ。私ははやる心を落ち着けながら、祭りの会場に向かう足を急がせた。
花火会場はそれまでの道中よりも人でごった返していた。屋台から漂うソースの香りに、これから始まる花火にキャッキャとはしゃぐ子どもの声に、私の楽しみな気持ちもどんどんと膨れ上がっていく。
「花火の前になにか食べ物を買っておこうかな……」
所狭しと立ち並ぶ屋台をひとつひとつ眺めて、私は独り言をこぼした。せっかく一人で花火を見るのだ。見るだけでは口が寂しくなるかもしれない。何か買っておかない手はないだろう。そう考えながら歩いていると、「ベビーカステラ」の文字が目に入ってくる。
そういえば、祭りで初めて食べたのもベビーカステラだっけ。
私は小さい頃の記憶をふと、思い出した。母と半分こ、と言いながら私がほとんど食べてしまったのも、今となっては懐かしいものだ。
私はベビーカステラを買い、屋台の並びを抜け、会場の端っこに座る。真ん中で見るのも迫力が感じられて好きだけど、今日は気分を変えて隅でひっそりと見るのもいいだろう。私はベビーカステラを口に運びながら、そろそろかな、と空を見上げた。
そう思ったとき、パァン、という音が響き、夜空にオレンジ色の花火が開く。時間はぴったりだった。まばゆいほどに光るそれに目を奪われ、私は息をするのも忘れていたかもしれない。紫に、青に、ピンクに、赤。様々な色を映し出すその花は、単純な感想ではあるが、美しかった。
「明日もまた……穏やかな一日であるように……」
ぽつり、と言葉を紡ぐ。夢や願いごとは声に出したほうが叶うのだと、いつか誰かが言っていた気がする。
「叶うといいな」
まだ止まない花火を見ながら、私はベビーカステラをまたひとつ、口にほおばる。ほんのりとした甘さが、花火の音とともに私を包んだ。
夜花に願いを 鳴代由 @nari_shiro26
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