第11話 ぶち割ってしまえよ、ベニヤ
紗都子の通夜に参列している最中、紗都子の母親が小走りでわたしの傍に来て、さっき田中君が亡くなった、と耳元で囁いた。
紗都子と田中君の両家が慌ただしく動き出し始め、わたしは椅子に座ったまま横目で様子を確認しつつ、昨日葬儀場の安置所で紗都子と対面したこと、母親から受けた病気の説明を思い出していた。
あの後も紗都子から聞いていたし田中君のことは受け止めることはできる、でも紗都子のことは、正直驚きが先に来て、まだ全然、そんな。
焼香が始まりわたしは列の一番後ろに並んだ。
紗都子の通夜から2日後、合同で執り行うこととなった告別式の2人の遺影はわたしが同窓会で撮ったものが飾られており、自分が撮った写真なのは間違いないのはわかるが、知らない男女にしか見えなかった。
告別式が終わり帰る途中、喫煙所で煙草を吸っていた部長と目が合い、お互いに軽く手を振る。
いくつか2人のことで言葉を交わした後、まだわたしが写真を撮っていると知った部長は、すごいね、と言って笑った。
数十分後、紗都子が住んでいたマンション入り口で、渡された鍵を改めて見てみると明らかに仕様が異なっていることに気付く。
そうか、もしかしてあっちの方?どっちみちもう入れないんじゃ。でもまあ、近いし、一応行ってみても。
わたしは時折ポケットに入っているiPodnanoの感触を確かめながら、歩いて紗都子と田中君が住んでいた団地に向かった。
10何年振りに今の高校生の頃に行って、それからさらに10年近く、あれ?
紗都子が住んでいた団地一帯は立ち入り禁止になっており、建物に入る共有の入り口はベニヤ板で塞がれているのが見える。
なにこれ、入れないし。って。ああ、そういうこと。『ぶち割ってしまえ、ベニヤ』だっけ、確か。
わたしは紗都子が考えた通りに進んでいる現状に気付く
ちょっと待って。じゃあ紗都子は高校生の頃から考えて?
夕方になりつつある周辺に人気はなく、わたしは周りを見渡した後、ロープをまたいで敷地内に入った。
でもさすがになんかないと。紗都子が住んでいた建物の前に来たわたしはベニヤ板に触れた。
あれ、これ?動く?
ベニヤ板は上側のみが固定されているようで、少し引くと人1人程度通るスペースができ、わたしはそのまま建物の中に入った。
階段の窓もベニヤで塞がれているため、ほとんど光が入らない中、わたしはスマホのライトを頼りに3階に上がる。
そして部屋の前に来て財布に入れていた鍵を取り出し鍵穴に入れて回すと、がちゃりと音が鳴ると同時に確かな感触があり、わたしはそのまま部屋に入った。
室内は階段がある共用スペースよりさらに暗く、わたしは記憶とスマホの光を頼りに紗都子の部屋のドアを開けた。
窓まで全部ベニヤで覆うって。そこまでやる意味ある?室内をスマホで照らすも家具類は何もなく、はがされた絨毯の跡が生々しくうつる。
紗都子なら、紗都子が何かするなら。
わたしは目に入った押し入れを開けて紗都子がBL同人を隠していた場所を探ると紙袋が入っており、一つ大きな息を吐いてそれを取り出した。
何?なんか缶も入ってるけど。とりあえずこれでしょ、暗いし出よう。
わたしは紙袋を持って外に出た。
団地近くの公園のベンチに座り紙袋の中を確かめると、クリアファイルに挟まれた漫画の原稿と、ラッピングされた350mlの缶らしきものが入っていた。
漫画?なんで?わたしは両手で原稿を持って読み始めた。
内容は高校生の時のわたしと紗都子が過ごした時間。最初の電話、紗都子がカースト上位の中に入れなかったこと、写真部のこと、Gペンを買いに行ったこと、写真部の予選落ちのこと、2人の婚姻届けのこと等が描かれていた。
なにこれ、ちゃんと描いてたんだ。わたしは所々笑いながら読み進める。
高校生の話が終わってからは、紗都子と田中君2人のことは描かれておらず、わたしといたときのエピソード、居酒屋での会話、肝試しに行ったこと、キャンプ用品を買うだけ買って結局行かなかったこと等が描かれ、20代最後の同窓会で写真を撮ったところで終わった。
ちゃんとペンも入れてトーンも貼って。ちゃんとした漫画になってる。あれ?
封筒にクリアファイルをしまったわたしは、もう1つファイルがあることに気付いた。
その中に入っていたのはネームの状態のものでペンも入っておらず、わたしパラパラと何枚かめくる。
これ最後に会った時のシーンだ。わたしはもう一度座り直して読み始めた。
紗都子「さっき田中君のこと話したけどさ。わたしもなんだ。病気、いわゆるがん、的な?」
わたし「ちょっと、え?何それ急にそんな。わたし全然知らないんだけど」
紗都子「まあ言ってなかったからね。それで田中君と前に仲良くなったのも病院で何度か一緒になって。そこからっていう」
わたし「じゃあ前回はどうだったの?場合によっては今回のは避けられるんじゃ」
紗都子「前もね、早期発見だったけど駄目だったんだ。前の人生の最後に会った時、正直もうすぐって感じで。だから今回発病する前に、その部位自体をって一応は頼んでみたんだよ。元気なとき『ここ全部いっちゃってくれませんか?』みたいな。当然拒否だよね、だって健康なんだもん。この先絶対わたし病気になるから!とはさすがに言えなかった。かといって闇医者に知り合いもいないし」
わたし「意味わかんない、なんでこんな大事なことを終わった後に。しかも漫画で!」
紗都子「……言おうと思ったんだよ。あの時も田中君のこと言ったんだし、自分のことだけを隠すのは不公平だから。でも、でも言えなかった。夕夏は友達だから。最後までただの友達でいたかった」
わたし「……」
紗都子「だからね、最初から考えてたんだ。最後、夕夏がベニヤをだーんってやって、思い出の部屋で、漫画を描いたのを思い出しながら、思い出の漫画を読む。そこでわたし達のことを知ったら、他が強すぎて印象が操作されてね、3人これまでと同じ友達の形で終われるなって」
わたし「操作って。それ言っちゃったら意味、ないでしょ」
紗都子「あはは、でも本当に楽しかったな。こんな後悔のないことってある?って。田中君と一緒にいられる時間も沢山あったし。夕夏ともう1回高校生やれたし。だからもう十分」
わたし「わたしは友達だからこそもっと力になりたかった……」
紗都子「保証人にもなってもらたし、最高の遺影も撮ってくれたじゃない。本当にありがとう。そうだ、家の掃除してたらさ、前飲もうって言ってたの出てきたから渡しとくね。あとベニヤ。ぶち割らなくても入れたっていう。前の人生の時ちらっと見ただけだったもんなあ、普通に入れるとは思わなかったよ。タイトルを『ぶち割らなくても入れたよ、ベニヤ』に変えようかと思ったけど。もう時間なくて、じゃあ」
コマの中で紗都子がそう言って漫画は終わった。
原稿を丁寧にクリアファイルに戻し、ふとラッピングをされた缶を開けるとドラフトワンが2缶入っていた。
ひっくり返し消費期限を確かめると17年前になっており、それを見たわたしはいつかコンビニに2人で行ったことを思い出す。
これあの時のやつだ、本当に買ってたんだ。期限切れとかいうレベルじゃないし。紗都子、もう飲めないし。
というか、ネームのここ。わたしは絶対こんな風に言わない『友達だから力になりたかった……』そんなことは言わない。もっと、ちゃんと。もっと普通に、今わたしが思っているようなことを。
わたしはドラフトワンと漫画を紙袋に丁寧に詰め、立ち上がって歩き出した。
実家に戻りそのまま自室に入ったわたしは、紗都子の紙袋を机に置いて喪服のまますとん、とベッドに横たわる。
そのままの体勢でポケットからiPodnanoを取り出しイアフォンを付け、カリカリとスクロールしプレイボタンを押す。
曲はくるりのロックンロール。
イントロのギターリフが鳴り、わたしはゆっくり目を閉じた。
ぶち割ってしまえよ、ベニヤ がら がらんどう @garanndou
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