第10話 それから
高校卒業後、紗都子は近くのツタヤでバイト、田中君は実家から通える写真と関係ない国立大学に。わたしは遠方の大学に入学したため実家を離れた。芸大を選んだことで以前とは別の大学になったが、実質年齢は40歳手前ということもあり2回目の大学生活にわたしはすぐ馴染んだ。
また田中君が大学2年になったタイミングで、紗都子と田中君は今まで住んでいた団地で2人暮らしを始め、紗都子の母親はもっといいところに住めばいいのに。と言い残して部屋を出て行ったよう。
わたしは夏と冬の 2 回は実家に戻り、その度、紗都子の家に行って他愛もない話をして過ごした。
20歳を超えてからは近くの居酒屋で集合し散々飲んでからのカラオケが定番となり、解散するときは大体は深夜、たまに朝方になっていたが、カラオケ店から出て別れる時、2人はいつまでもわたしに手を振りつづけてくれたのを覚えている。
以前紗都子が失敗といった 20代最後の同窓会には3人で参加した。
頑張っていないようで頑張っている、そのぎりぎりの服を 3週間前から何度も確かめた結果、よくわからない状態となり結局のところ当日の雰囲気を見るに、2人ともに頑張りすぎている枠に入っていた。
そして会場のホテルから出て2次会に向かう前、紗都子が写真を撮って欲しい、と田中君が使っていたカメラを手渡した。
以前、田中君から「もう写真を撮っていない。紗都子との生活を取った」という若干いらっとする表現で最近のカメラ事情は伝えられていたので、2回目というアドバンテージを利用し大手出版社に就職。そこで日常的に写真を撮っていたわたしは、1次会の挽回をすべく持ち得るすべての力を使うと同時に、同窓会で集めた会費で雇ったカメラマンから三脚も借りて、紗都子、紗都子と田中君、なぜか田中君をそれぞれ3カット撮影。その出来栄えに満足した2人はそのまま帰り、残されたわたしは部長に誘われる形で2次会に行き、さらに敗北を重ねることとなった。
30代に入ると仕事が忙しくなったこともあり、年1回どこかで帰るのが精いっぱいとなったが紗都子と田中君は毎回予定を合わせて必ず3人で会った。
その頃からカラオケには行かず居酒屋で思い出話をするだけの会にはなったが、わたしはその時間を毎年楽しみにしてた。
そして36歳になる前日、会社に行くため駅の改札を通ったわたしはふと前の人生を思い出し、駅構内で立ち止る。
そっか、今日だった。今日だよね。なんていうことはないんだけど。やっぱり、うん。これは行くべき、だと思う。
わたしは会社に連絡して休むことを伝え、実家に向かうため高速バスターミナルに向かった。
バス車内で紗都子にに連絡すると、引っ越した、今その家にいる。と地図が添付された返信があった。
「いつ引っ越したの?」
「最近だよ。半年たってないぐらい。前の団地がさあ、だめになったんだって。耐久年数的に人が住む状況じゃないって」
部屋に入ったわたしは促されるままダイニングテーブルの椅子に座る。
目の前の壁には20代最後の同窓会の写真が飾られており、それに関してわたしは何も言わないことにした。
「しょうがないでしょ。だって築何年なの、あそこ」
「50年近く、かな。でもまだ全然住めるのに」
「そういう時期だったんじゃない。でもいいね、ここ。新築?」
「うん、新築の2LDK。前の所からも近いし便利なんだ」
「むしろコンビニ遠くなってない?あれ、そういえば田中君は。土曜日だけど出かけてるの?」
「うーんと。今は入院」
「は、入院?なに、どうしたの?」
「やっぱり今日忘れてなかったよね。絶対来ると思ってた」
「だから何?全然話が」
「田中君ね、病気なんだ。すごく短く言うと原発性の免疫不全なの。治らないやつ」
「治らないって。え、じゃあ前の時もそれで……?」
「そう、今度は2人でいろいろやってみたんだ。だから少しは遅らせることができたんだけど。結局ね、やっぱりだめだった」
「……何で言わなかったの?前の時だって」
「田中君前回は病気のこと黙ってて欲しいって言っててさ。でも今回は伝えておいて欲しいって。未来変わったね。あ、実はわたし前の時も結構会ってたんだよ」
「色々後で聞く。とりあえず今日わたしお見舞い行ける?」
「今は無理かな。色々感染症の方で大変なんだ。だからさ」
紗都子は冷蔵庫を開けてビールを取り出し、テーブルに赤ワインを5、6本並べた。
「今日は飲もうよ。とことん田中君のことを話そう!」
「いや、うん。田中君のことはいいんだけど、そこまで飲む必要は」
その後、田中君の話で盛り上がったわたしと紗都子は、何度か同じ会話をループしながら朝まで飲み続け、朝6時を過ぎた頃、アルコールも無く互いの眠気も限界となったので、わたしは帰ることにした。
マンションの前で紗都子が呼んだタタシーを2人で待っていると、紗都子はポケットから鍵を取り出し、わたしの前で揺らす。
「はい、これ」
「なにこれ、合鍵?」
「そうだね。また来てよ」
「いや来るけど1人で家に入らないでしょ」
「わたしもこれから忙しくなるから色々想定しておかないとさ。場合によっては親から連絡行くからしれないから、電話取れるようにしておいて」
「え、ああ。うん」
わたしは暖味に額いて鍵を受け取り、ちょうど到着したタクシーに乗り込んだ。
3ヵ月後、紗都子の母親から連絡があり、紗都子が亡くなったと知らされた。
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