第6話 魔女の退場

「まさか、セスト?!?」


 思わず声が出た。


「こ! こらベアトリーチェ!! ディアマンテ王を呼び捨てるなど不敬が過ぎる!!」


「構いませんよ。彼女にはそれが許されています」


 慌てたように飛ぶルーベンス殿下からの叱責は、セストにあっさりいなされる。


(えっえっ、待って。何がどうなってるの??)


 目を白黒させている私に、セストが囁く。


「砂時計の効果で、魔獣モフリートと切り離されて時を逆行し、ディアマンテ国に転生したのです。詳しくは後ほど。今はこの場を片付けましょう」


 短く告げられた説明に、コクリと頷くものの、頭の中はぐるぐると回っていた。


 転生したのに、名前、同じなのね。自分で改名したとか?


(でも、セストが時を遡ったとしたら、魔女は?)


 疑念が浮かんだ時、誰かの悲鳴が広間を引き裂いた。


「きゃああああああ! ニコレ様が!!」


 ニコレ嬢が立っていた場所には、枯れ木のような老婆がいた。


 老婆は、繊細なレースに、淡いシフォンのドレス姿をしている。ニコレ嬢が着ていたドレスで、けれど開いた胸元からは、しおれくすんだ肌がのぞく。


「な!! ニコレ嬢? これは一体!?」


 言いながらルーベンス殿下は、老婆が寄りかかる腕を力任せに振りほどき、相手はべしゃりと床に倒れた。


 セストの冷静な目が、老婆を見下ろす。


「ルーベンス王子。その令嬢の正体は、魔女です。自らの行いで、時を送る砂を被ったがため、魔力がつき、本来の姿を晒しただけに過ぎません」


「ま、魔女?」


「ええ。"銀眼の魔女"。伯爵家には暗示をかけて、"養女"だと思い込ませていたのでしょう。術が解ければ目の色も、あの通り」


(あっ、ニコレ嬢の桃色の瞳が)


 加齢で濁ってはいるが、鈍い銀色へと変わっている。


(この老婆が、ニコレ嬢?)


 信じられない思いが飛来するが、もともと年齢を隠していた魔女なら、これが真実の姿ということなのだろう。



「"銀眼の魔女"と言えば、悪名高い魔女じゃないか」


 誰かが叫んだ。

 それを受けて、セストが頷く。


「魔女は欲をかいて、少し先の未来で、時間を操る魔道具に手を出しました。未来の彼女は塵と化したのですが、その影響が出たようです」


「未、来?」


 ルーベンス殿下は"意味が分からない"という顔をしているが、私には分かってしまった。


 砂時計は、ふたつの球体からなる。

 それぞれ"時送り"と"時戻り"の効果を持っていると、地下室でセストから説明を受けた。


 おそらく魔女には"時送り"の砂が、セストには"時戻り"の砂がかかったのだろう。


 "銀眼の魔女"は計算上、既に百歳を過ぎている。

 それが"時送り"で骨に塵にと進んでしまい、未来では土に還ったのか……。


 魔女は自力で起き上がることも出来ないようで、抜けた歯により発声すら不明瞭。

 定まらない焦点のままルーベンス殿下に向かい、必死に手を伸ばしていた。


「ひぃう……あ……、ルーベンスさ……ま」


「ひぃぃっ、よ、寄るな!!」



(わあ、酷い)


 さっきまでの最愛の彼女を足蹴にする勢いで、追い払っているルーベンス殿下。殿下の様子に数回目の幻滅を覚えていると、セストが言った。


「災厄をもたらす魔女です。判明して何よりでしたね。もうすぐ命尽きるはずですが、即刻捕らえ、厳重に監視するようお勧めします」


 そんなセストは私の片手を探り、しっかりと絡めてくる。


 私の指の間に、平然と彼の指が入ってくるんだけど、ううううん??


 困惑しながら顔を見ると、嬉しそうに微笑まれてしまった。


(!!)


 好みど真ん中のイケメンの笑み、眩し過ぎる!


 一目見た瞬間、素敵だと思った容姿なのに。

 セストだと知ったら、到底思いが止められない。


 慌てて目を逸らした。

 

(にっ、肉球だったら出来なかったからね!!)


 バクバク高鳴る心臓を落ち着かせるように、魔獣姿を思い出すと、余計なことまで思い出した。


(そういえば、おヘソに顔つっこまれたんだったわ──!)


 ぷしゅうううう……。


 茹で上がったエビのように、私は真っ赤になってしまった。湯気が出てなきゃ良いけど。




 衛兵により"銀眼の魔女"が引き立てられ、安心したのだろう。

 気を取り直したようにルーベンス殿下が言った。


「恐ろしい魔女に騙されるところだった。ディアマンテ王には礼を申し上げる。しかし、そういうことならば、ニコレの証言は虚偽であった可能性が高い。良かったな、ベアトリーチェ。貴様の嫌疑は晴れたぞ。婚約破棄は取り消し、再び我が婚約者に取り立ててやろう」


「はあ?!」


 思い切り、声が出た。


「お言葉ですが、私はもうセスト……陛下と婚約しています」


「"申し込んで良いか"と言う話だったはずだ。まだ成立していない」


「!!」


 嫌悪と苛立ちが、私の全身を駆け巡る。

 セストからも憤りが、無言で噴き出しているよう。


 無意識に強張こわばった私の手を、セストは強く握り返してくれた。


 "どんな時でも味方だ"と力づけてくれている彼を感じ、私はキッとルーベンス殿下を見据える。


「先ほどセスト陛下は私の耳元で囁かれ、私は頷き返しました。ご覧になられていた方も多かったと思います」


 私の言葉に広間のあちこちから「そういえば」「見ましたな」という声が漏れてくる。

 よし。


「その会話がまさに、婚約の申し込みと承諾のお返事でした。ですので、ルーベンス殿下との婚約には応じられません」


 嘘だけど!

 これ以上、ルーベンス殿下の身勝手に振り回されたくない。


(セストならきっと、話を合わせてくれる)


 私の信頼は、すぐに報われた。

 迫力ある重い声で、セストが言う。


「彼女の言う通り、婚約は成立済みです。ベアトリーチェ嬢はディアマンテ国の王妃として、連れ帰らせていただく」


 大国ディアマンテの名で言い切られては、強くも出れないのだろう。

 ルーベンス殿下はウダウダと口ごもった。


「いや、そんなわけには。そもそも父王やパルヴィス公爵も何と言うか……」


(知らないわ。最初にご自分が、両家の婚約を破棄したことから弁明なさって)


 きっとルーベンス殿下は、一連の責を負うことになるだろう。

 "銀眼の魔女"を身近に置き、遇していただけでも大問題だ。


 "次期国王の資格無し"と、放逐される未来もあるかも知れないけど。


(私は今後、オーロ王国を滅ぼしたアルジェント王室とは、縁を切りますから!)


 後はどうぞ、ご自由に。



 セストのエスコートで颯爽と風を切り、振り返ることなく広間を後にした。

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