第3話 魔獣の提案

「ええと、つまり、私がオーロ王国の王族の生まれ変わりだと言いたいの?」


「そうです」


 衝撃体験の後、さらに驚きの話を、私は魔獣から聞かされていた。


 伝え聞く通り、魔獣は"秘宝"を守っているという。


 召喚時の契約により、城から離れられない彼だが、王族との仲は良好だったらしい。特に前世の私と魔獣の彼は、共に過ごすほど親しい間柄だったとか。


 それでさっきの熱烈歓迎。


 いまは横並びに座って会話しているのだけど、不思議なことに、言葉を重ねるにしたがって、私の気持ちはとても落ち着いてきた。

 今日初対面だったはずの魔獣に自分がすっかり心を許し、安心していることに気づくと、前世からの仲良しと言われても頷ける気がする。


(私ってば、オーロ王国の王女殿下だったのね)


 しみじみと考えていると、魔獣が疑問を口にした。


「でも転生前の記憶を思い出されたわけでないのなら、どうしてこの城に来てくださったんです?」


「あ……」


 そんなわけで、アルジェント王国の夜会で起こった一部始終を話す。

 聞き終えた魔獣は、怒りに弾けた。


「なんだそれは! アルジェントのやつら、姫殿下をないがしろにするにもほどがある!!」


 グルルと唸り声を轟かせながら、牙を剥く魔獣。


 大型犬よりずっと大きい身体で凄まれると、迫力がある。思わず身をすくませたら、魔獣がハッとしたように謝った。


「す、すみません。姫殿下を怖がらせるつもりは毛頭なく……」


「い、いいのよ。でも"殿下"かぁ。慣れないなぁ。本当に私の前世なの?」 


「はい。俺に触れても、炎が熱くなかったでしょう?」


「?」


 魔獣は全身をオレンジ色の炎に包まれていたけれど、それはまるで熱を持たず、幻影のよう。


 けれど彼の話によると、契約した王族以外には灼熱の炎同然、近づくだけで燃えるのだとか。


 ちなみに"彼"と呼んでいるのは、魔獣がまがうことなきオスだったから。コホン。


「そうなのね……。服まで燃えないなんて、不思議……」


 撫でるように、魔獣の背にそっと手を置く。


 チロチロと揺れる炎は心地良く、上質の毛触りよりも柔らかく感じる。


「う~~、モフモフ~~。癒される! 炎の魔神イフリートならぬ、リートね」


 魔獣の首にしがみつきながら炎を堪能すると、プハッと笑われた。


「やっぱり、姫殿下だ! ネーミング・センスが独特サイアクだ!!」


 そのまま大笑いされてしまった。

 いま"独特"って表現してたけど、違う単語に聞こえたのはナゼ?!


「どんな判断基準なの?!」


 羞恥で真っ赤になりながら抗議すると、魔獣はひとしきり笑い転げながら返した。


「前世でも、そうおっしゃってたんですよ。でも俺、別の名前があるんですけどね」


「まあ!」


「セストって言います」


「セスト……」


 耳に滑り込んできたその名前に、宝物のような尊さを感じて、口中に呟く。


「懐かしい、感じがするわ。とても大切な言葉を聞いた気分よ……」


 私がそう言うと、魔獣はふいに寂し気な顔を作った。


「姫殿下の心の片隅にでも、残っていたのなら光栄です……」


(ううっ、何だか可哀そう。だけど転生前のことなんて、何も覚えてないし)


 親しい相手に忘れられてるなんて、どんな気持ちなんだろう。

 相手は生まれ直して姿が変わった私さえも、見分けたというのに。


 つられてうつむいていると、そんな空気を吹き飛ばすように魔獣が提案してきた。


「"秘宝"を使いましょう、姫殿下。姫殿下の窮状を好転させるため、オーロ王家の魔道具を今こそ活用すべきです」


「!! だ、だけど。旧王家の"秘宝"を勝手に良いのかしら」


 "秘宝がどんなもので、どんな効果を持っているのかわからないけれど、セストはそれを必死に守ってきたんじゃないの?"


 そう問うと、彼はきっぱりと言い切った。


「良いのです。この城に来られた時の姫殿下のお顔は、絶望に染まった、とても酷いものでした。俺は貴方あなたのそんな状況に、耐えられません!!」


 やたら私に入れ込んでくれている魔獣の案内で、私たちは隠し通路を辿り、古城の地下へと降りたのだった。

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