第2話 古城の魔獣

「有り得ないでしょう!?」


 暗澹たる思いで、重苦しい空気漂う古城の前に立つ。

 誰ひとり、生還したことのない場所。


(その上、あるかないかもわからない"秘宝"を持ち帰れだなんて)


 私の装いは、夜会のドレスのままだ。屋敷に帰る間も与えられず、そのまま連行された。


 国王夫妻がご不在だとしても、誰もルーベンス殿下を止めなかったなんて大問題では。

 アルジェント王国の未来が暗すぎる。


 でもそれ以前に、私の人生が終わりそう。


(むしろこの扉が、開かなければいいのに)


 古く大きなドアを手で押すと、きしむ音とともに開いてしまった。


(くっ、残念!)


 ごくりと唾を飲み込んで、中に踏み込む。


 想像以上に視界が確保出来ている。天井が崩れ落ち、玄関ホールがほぼ外の状態だからだ。


(これが、魔獣が暴れて壊れたという古城……)


 遮りのない月光は、葉が茂る森の中よりよほどに明るかった。


 一歩ずつ慎重に進む。


 少しずつ、中に。ホールから廊下に、内部に、深部に。


 聞こえてくるのは自分の鼓動と呼吸音。

 左手にカンテラ、右手に短剣を握りしめ、静寂が永遠に続くかと思われた時。



 ふいに。奥から影が、飛び出した。




「きゃああっ!」


 あっさりと組み敷かれ、カンテラが転がる。


 私にし掛かっていたのは、噂の魔獣!!


 オオカミの何倍も大きな獣。

 毛の代わりに燃える炎が全身で揺れ、金の瞳を細めて私を見下ろす。


 四肢に手足を封じられ、短剣を突き刺すどころか身じろぎすら無理。


(終わった!!)


 ぎゅっと目を閉じ、覚悟したのに。

 いつまで経っても、死の瞬間が来ない。


 恐る恐るそっと見ると、魔獣は私を抑えつけたまま、戸惑うように首を傾げている。


(?)


「きゃっ!!」


 ふいに鼻先が接近し。

 クンクンとニオイを嗅がれた。 


(え────!!)


 そのまま何かを確かめるように、魔獣はしきりと鼻を動かし続けている。


(何ナニなにぃぃぃ??)



「──この魂のニオイ、間違いない」



 低い声が、顔前にこぼれる。


「! ま、魔獣、がっ、しゃべっ」


「姫殿下ぁぁぁぁぁ──」


「きゃあああああああああ──」


 魔獣は、私のおヘソに鼻を突っ込んで、ぐりぐりと頭をこすりつけてきた。


(待って待って待って──!! 今何が起こってるの──?!)


 私はあやうく、意識を手放しそうになった。

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