時戻りの公爵令嬢は、婚約破棄を望みます。

みこと。

第1話 非道な夜会

「ベアトリーチェ・パルヴィス公爵令嬢! 貴様は身分を笠に着て、ずいぶんとニコレ嬢を虐めていたようだな!!」


 夜会で突然響いた怒声に驚き、ベアトリーチェと名指しされた私の思考は、一瞬止まった。


 声の主は婚約相手である、第一王子ルーベンス殿下。


 貴族たちも意表を突かれたらしく、戸惑う様子でこちらを見守る中、私の正面にはルーベンス殿下と見知らぬ令嬢が立っている。


 一体何が始まったの?


「虐めて……? 私はそのようなことはしていません」


 身に覚えのない話に否定の声を上げたら、即座になじられた。


「黙れ! 外面そとづらばかりを取り繕う悪女め! 貴様の裏の顔は、すべてニコレ嬢が教えてくれた! よくも慎ましやかな淑女の仮面をかぶって、周囲をたばかってくれたな!!」


(えっ、えっ? この王子は一体、何を言っているの??)


 貴族家の娘が、淑女として振舞うのは当然のことなんだけど?!


 というか裏の顔って何?

 あとニコレ嬢って誰?


 あ、今ルーベンス殿下の腕にぶら下がってる、胸サイズの合わないドレスを着たのことかしら。

 布から半分以上、白い胸がせり出して、いまにもこぼれ落ちそう。


 あのなら、伯爵家の養女だと聞いたことがある。

 あるけれど、それだけだ。虐めも何も、これまで会話したことすらない。


 私が彼女を虐めてた? 名前さえ今日知ったのに?


「人違いでは? 私は誓って、ニコレ嬢に何もしていませんが」


 私の言葉に、ニコレ嬢がワッと顔を伏せた。


「ひどいです、ベアトリーチェ様。私のことが気に入らないからと犬をけしかけ、ドレスを引き裂き、果ては池にまで突き落としていながら……」


「おお、可哀そうにニコレ……! か弱いキミにそんな非道なことを仕掛けるなんて、ベアトリーチェは悪魔としか思えない」


 もしもーし。


 あっけにとられる私の前で、肩を震わせ泣き出すニコレ嬢と、彼女を慰めるルーベンス殿下。


 私は何を見せられているのだろう。

 夜会の余興の茶番劇とか?


「ベアトリーチェ。貴様のような悪逆な女を、妻に迎えることなど出来ない。公爵家との婚約は破棄だ!」


 殿下が言い放った途端、広間にざわめきが走る。


 それはそうだ。

 王家と公爵家の取り決めを破るなら、もっと然るべき内容が必要だ。それに。


「お待ちくださいルーベンス殿下。私がニコレ嬢に危害を加えたなど、事実無根なお話。何か証明するものはあるのですか?」


ないから・・・・、貴様は悪辣なのだ! 証拠を隠しきる性悪さ、計画的な犯行だ!」


 やばい。殿下の脳みそ終わってる説、急浮上!

 前から疑惑はあったけど!


「つまり何の証拠もなく、ニコレ嬢の証言だけで私を有罪と決めつけ、婚約を破棄されるのですか? 無茶苦茶では」


「──もし本当に貴様が無罪だというのならば、身の潔白を証明してみせよ。旧オーロ王国の古城へ行け! 城の魔獣をかわし、無事生還出来たなら、言い分を聞いてやろう!!」


「なっ……!」


 それは実質、"死にに行け"宣言。



 旧オーロ王国の古城。


 百年前。このアルジェント王国は、オーロ王国という名だった。

 オーロ国王の暴政に、アルジェント大臣が立ち上がり、王家を倒して国家を建設。


 そうして生まれたアルジェント王国。

 けれど、かつてのオーロの王城が今なおのこ理由わけは、召喚された魔獣が居座っていて、誰の侵入も防いでいるから。


 魔獣は旧オーロ王家の"秘宝"を守っているという話で、城を訪れた人間は全て殺されていた。


(本気で言っているの?)


 青ざめた私をニヤリと見つめ、ニコレ嬢が微笑んだ。


「あらぁ殿下、本当に行ったという証明が必要ではないですかぁ?」


「そうだな。では城のどこかに眠っているという"秘宝"を持ち帰ってこい! 貴様が真に無罪なら、神の加護で魔獣も道を開けようぞ!」



 そんなご加護、聞いたことないけど。


 私はカンテラ灯りと短剣ひとつを渡されて。

 鬱屈とした森奥にある、オーロの古城に放り出された。

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