On Thin Ice

kikiki

On Thin Ice

 緑がそこかしこに溶け込んだ街並みと、私の両親のような中流階級でも持て余すほどの広い土地。あまりにも豊かな生まれ故郷が私は嫌いだ。

 クイーンズ地区で豊かなのは自然だけではない。ここは世界で一番移民の集まる人種の坩堝でもあった。


 私の人生はある意味で安泰なんだと思う。高望みをしなければ最期までそれなりに豊かに暮らしていけるんだろう。

 両親は野菜をレストランに売る卸で生計を立てている。野菜の仕入れ元は叔父の農場だ。そして叔父の農場は従兄弟が継ぐ予定らしい。

 私も両親の仕事を継げばそのまま両親と叔父のような人生を、私と従兄弟で送っていくことになるんだと思う。

 両親の仕事は面白いものだとは思えなかったし、自分の未来も全て見えてしまっているような気がして私は嫌だった。

 大した仕事じゃない。別のことをしたい。そんなことを思いながらも、ぬるま湯は私の足にずっとまとわりついてきた。


 私が納品を任されているのはアジア系の移民が経営しているレストランだ。

 私はここがギャングの店だと知っている。

 別に特別なことじゃない。夜にあの通りを歩いてはいけないと言われて育ってきたし、みんなコソコソと「あの事件の犯人はあの人らしい」とか「大きなタトゥーが入ってるのを見た」とか噂をしている。

 私も何かされるとは思っていないけど、少し怖いという気持ちもある。

 幸い私の身の回りでギャングの被害を受けたという人は見たことがないけれど、それは私たちが白人だからかもしれない。この移民だらけの場所で、私たちは特別に保護されている。理由は私にも分からないけれど。


 ギャングも自分たちがギャングだと知られていることを知っていると思う。街のそこかしこから恐れと奇異の入り混じった目に晒されて気づかないほうが難しいはずだ。でも、ギャングだという事をわざわざ公にしてしまったら警察が黙ってはいないのだろう。彼らは強気な姿勢で怯えている。


 だからお互いの日常を守るためにお互いに気付いていないフリをしている。

 私たちは、薄氷の上に並んで立っているんだ。

 歪なこの街のことを考えて、やっぱり私はこの街を嫌いだと思った。


 納品の対応をしてくれる店員さんはだいたいいつも決まっていた。曜日と時間によってシフトが組まれているようだけれど、みんな必死で飢えた野良犬のような目をしている。

 その日はいつもとシフトが違うのか、別の人が対応をしてくれた。

 何か抗争でもあって、いつもの人が出れなくなっちゃったのだろうか。なんてことを下世話にも考えつつ、軽トラックから野菜を積み下ろして裏口から運び入れる。

 一通りの納品を終えて領収書を渡すときに私は少しだけ驚いた。その人の目が野良犬ではなかったからだ。

 カタギの人間に対して威圧感を与えないようにと、まるで小動物の赤ちゃんに接するような、過剰すぎるほどに優しいまなざしが私に向けられていた。それでも、ああ、この人は私とは違う世界に生きているんだろうな。と感じてしまうギャング独特の雰囲気がにじみ出ている。しかしそれすら怖くも嫌でもなく、私の心には安心感すらあった。

 その姿を見てきっとひとつの組織をまとめるのはこういう不思議な人なんだろうと思った。そして、それがファミリーと呼ばれる理由が分かった気がした。


 たった一度だけど、そのときの目が私の脳裏に強く焼き付いている。

 あれから約1年、私はまだこの仕事をやめられずにいる。

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On Thin Ice kikiki @threetree18

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