第41話 即位

 シャールによる掃討作戦実施の数日前、斥候に志願して密かにビオ・クレスにやってくると、小六は乗っていた馬の番をアーレに任せて、町の中に侵入する。

 ヴァンパイアロードが住み着いている屋敷に潜り込んだ。

 久々の若い血潮に引き寄せられたヴァンパイアロードが余裕の笑みを浮かべて歓迎する。


「ようこ……」

 しゃべっている途中で額に深々と銀製の手裏剣が刺さった。

 小六が生きていた時代は鎌倉時代とは異なり武士ですら戦い前に名乗りをあげることは少ない。

 ましてや、小六は忍びである。

 目的を果たすことを最優先にしており、先制攻撃をすることに何のためらいもなかった。


 小六はもう一体を同様に処分すると午後を少し過ぎた日の光に晒す。

 あっという間に焼け焦げて塵となり風に流されてヴァンパイアロードだったものの姿が消えた。 

 異様な感覚がして小六は周囲を見回す。


 どこからか誰かに見られているような気がしたが、その相手はどうしても見つからなかった。

 殺気は感じない。

 小六は肩をすくめると無視することにする。


 魔法というものを見聞きして以来、対応できないことに時間をかけるのは無駄だと割り切っていた。

 アーレに顛末を報告をする。

「この豪華な衣装を着ていた二人を殺ってきた。聞いていたとおり、日に当てたら灰になっちゃったよ」


「一応、ヴァンパイアロードは相当な腕前が無いと倒せないはずなんだがな」

「俺を子供だと思って油断してたみたい。あれなら、シャールやカチュアでも全然問題なく倒せるんじゃないかな」

「女性を魅了して骨抜きにする技が使えるから相性が良くないんだ」


「そうだったね」

 名を上げる機会なのに小六が陰働きを選んだのはシャールが魅了される危険性を考慮してのことだった。

 小六は回収してきたヴァンパイアロードの服を広げる。

「これ古着として売れるかな?」


「売れなくはないだろうが、そんな独特なものを欲しがる奴はいないだろうな。いかにもヴァンパイアが好みそうな意匠だぞ」

 アーレに言われると小六はヴァンパイアロードの服を燃やしてしまった。

 何食わぬ顔をして宿泊地に戻る。

 こうしてヴァンパイアロードは人知れず葬られてしまっていた。


 事前に入手していた情報で存在するはずのヴァンパイアロードが居ないことにシャールは困惑する。

 しかし、隅から隅まで探しても発見できず、カチュアと魔術師が二日に渡って魔法を使っても痕跡がないことから、シャールは掃討完了を宣言し、宿泊地から人を呼び寄せるのだった。


 シャールはビオ・クレスの占領が完了すると同時に外壁と城門の補修を始める。

 今までの宿泊地と同様の施設も建てた。

 それから既存の建物の選別に入る。

 石造りの建物には外観上は使用に耐えうるように見えるものでも、中に粘性の不定形生物が潜んでいることがあった。


 安眠している間に顔の上に落ちてきて窒息死させられる危険があってはおちおち寝ていられない。

 大人ならまだしも子供もいることを考えると慎重にならざるを得なかった。

 カチュアが魔法を使って確認した結果、二つの建物は使用に差し支えないというかことになる。


 一つは神殿だったと思われる建物で、円柱が周囲に立ち並ぶ大きなものだった。

 こちらは集会場として利用することにする。

 もう一つは中規模の屋敷で、シャールが住んではどうかという声があがったが、当人は断った。

 最終的には乳幼児がいる数家族が仮入居することに決まる。


 その他の建物は解体して石材を再利用することになった。

 久方ぶりに槌音が響きビオ・クレスに活気が蘇る。

 町の再建を進めるとともに、放置され半ば野生化していた麦の刈り入れを行い、木材を収集した。


 石造りの家が出来るまでは、仮住まいである。

 ただ、今までとは異なり、丸木小屋を建てると同時に天幕生活から切り替えた。

 丸木小屋であっても生活の質は天幕暮らしと比べ物にならない。

 頑丈な壁と屋根があるだけで安心感も生まれる。


 家の割り当てでは、小六はハリーとその妹たちと一緒になった。

 ハリーは小六の家士という位置づけなのでごく自然な流れである。

 ナナリーは独立した家を与えられた。

 本人は嫌がったが、家には診療所の看板が掛けられる。


 効果は高くないとはいえ、希少な治癒魔法を使えるというだけでなく、寄せ集めである一行の誰とでも言葉を交わせることができるという特技もあった。

 すぐにナナリー先生との呼び名が上がるようになる。

 忙しさの故か、面倒になったのか、はたまた何か思惑があるのか、食事は小六の家で取ることが多い。


 町の復興のある程度の目鼻がたったところで、シャールは集会所に全住民を集めた。

 晩秋の空は穏やかに晴れて心地よい。

 鎧の上に華やかな赤いマントを羽織ったシャールは皆の前で新たな国の成立を宣言する。


「今ここに新生サザラント王国が誕生した。かつて栄えた古代王国は魔法の事故により魔物の暴走を招き消滅した。いまなおこの地のほとんどは魔物の巣窟である。だが、諸君らと共に魔物の母体である7つの塔を攻略し、安心して暮らせる国を作り上げることを誓おう」


 住民から歓呼の声があがり、鳴り物が打ち鳴らされ、アーレがまるで祝福するかのように力強く遠吠えをした。

 シャールは両手を上げる。

 群衆は静かになって言葉を待つ姿勢をとった。

「もちろん。今はまだ国土も小さく、生まれたばかりのひな鳥のようにか弱い。だが、この場所なら生まれにとらわれることなく自由に驥足を展ばすことができる。諸君もその才をいかんなく発揮して欲しい。その功績には十分に報いるつもりだ」


 次いで役職が発表される。

 マーグルフが護国卿となり、カチュアが財務卿兼近衛騎士団長となった。

 この辺はもともとエッサリア家の家士が主体となっており、また実力的にもごく自然な流れである。

 ナナリーは交渉ごとを担う侍従兼宮廷治療師となった。

 外務卿は置かれないので事実上外交に関するトップである。


 そして、小六は歩兵隊長を拝命した。

 歩兵隊長というが、エッサリア家の家士を除くすべての兵士の指揮官であり、小六発案のクロスボウ部隊も含まれている。

 実戦での活躍はそれほどでもないが、めきめきと剣の腕を上げていたし、エッサリア家の者を除けば一番の古株というのがその理由だった。


 こうして、ささやかながらシャールの王国が誕生する。

 今はまだ他国から承認されておらず、このままであれば僭主でしかない。

 問題は山積していたが、強国がすぐに手出しをできない位置にあることは有利と言える。とはいえ、帝国も機会があれば干渉してくることが予想できた。

 七つの塔は健在であるし、成り上がったシャールへの反発も考えられる。

 いずれにせよ、シャール率いる新生サザラント王国は記念すべき第一歩を踏み出し、小六は台上のシャールを眩しそうに見上げるのだった。



 ***


 作者の新巻です。

 カクヨムコン9向け本作はここで一度更新を停止させていただきます。

 お読みいただきありがとうございました。

 

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異世界でも天才忍者は無双しない 新巻へもん @shakesama

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