第40話 忘れられた町

 旧魔法王国領内をシャールたちは南下していく。

 最初に作った宿営地はラハイン川に近い。

 いざという時に川向こうに退避できる安心感はあったが、8つの塔のいずれもから遠かった。


 長期的な安全性を考えると、少なくとも2つは塔の機能を停止させたいとシャールは考えている。

 各塔から溢れてくるモンスターには縄張りのようなものがあるらしく、塔を中心とした一定範囲からはあまり出ようとしない。

 既に攻略している白の塔に加えて、近接する2つの塔を沈黙させれば、シャールたちが定住するのに十分な比較的安全な土地が確保できる。


 長く住むには壁で囲われた町の中の住居があるだけでは不十分だった。

 食料を自給するために広い耕作地がなくてはならないし、木材を切り出す森林も必要である。

 作業のたびに兵を動員して安全を確保するのでは効率が悪すぎた。

 何はともあれ、ある程度の安全が見込めて、未攻略の塔にも近い場所に拠点を築かなくてはならない。

 シャールはとりあえず白の塔を目印に進む。


 白の塔の周辺にはモンスターが寄り付かないのであれば、既に誰かしらが小国を設けてもおかしくない。

 しかし、現実にはラハイン川寄りにいくつかのハンターの拠点がある程度だった。

 その原因は他の塔と比べると白い塔から至近とも言っていい距離にある黒の塔である。

 黒の塔は健在であり、そこを中心としたモンスターの縄張りには、白の塔が建つ部分も含まれた。

 

 そして、南北に並ぶようにしてそびえる二つの塔を中心に六角形の頂点にあたる位置に6つの塔が立っている。

 結果としてハンターたちの隠れ家が点在する三日月状の部分が、稼働中の七つの塔から生まれるモンスターの活動範囲から外れていた。


 シャールは三日月状の部分の端に何度目かの宿営地を築く。

 欲を言えばもうちょっと白い塔よりに構えたいが、すでに存在するハンターたちの拠点のどれかを飲み込む形になってしまう。

 ハンターたちは人数は多くないので集団としては大きな戦力ではない。

 ただ、中には凄腕と呼べる技量の剣士もいれば、様々な魔法を使える者も混じっていた。


 下手に事を構えるよりは友好的な関係を保ち、ゆくゆくはこれから築く予定の国に取り込みたいとシャールは考えている。

 このため、最終的な拠点は、白の塔に近い廃墟に構えるつもりでいた。

 古代ではビオ・クレスという名で呼ばれていた町である。

 この町は地上における古代魔法王国の中心地だった。

 ただ、古代魔法王国の首都は空中に浮かぶ島にあったので、当時の扱いとしてはごく普通の町でしかない。


 面積としてもそれほど大きなものではなかった。シャールが築いてきた宿営地の2倍程度である。

 それでも石壁が崩れずに残っており、防御面では遥かに強固さが期待できた。

 そんな便利な場所をハンターが利用せず放置してきたのは、そもそも長居をするつもりがなく、また、内部に強力なモンスターが巣くっていたからである。


 また、それほど大きくないとはいっても、数名程度のハンターでは町全体を防衛することは不可能だった。

 その点、シャールは大所帯である。

 もともとの私兵に加えて、移動中に参加してきたものや、訓練を始めた弩兵を加えれば200を超えた。

 一応はビオ・クレスの町を守るに足りる数とシャールは考えている。


 シャールはビオ・クレスに向かう前に部下に十分な休養を取らせた。

 町中や家屋内の戦いではエッサリア騎兵の得意な突撃をすることはできない。馬からも下りて戦うことになる。

 ただ、ビオ・クレスに巣くうモンスターの数は多くないという情報を得ていた。

 町に入り込んで拠点を築きしらみつぶしに掃除をしていけば、制圧は可能とシャールは判断している。


 今の宿営地を守る人員も残さなければならないが、それでも選抜した50名は投入できるはずだった。

 これに報酬を払うことを約束した臨時雇いのハンター10名ほどが加わる。

 ハンターはこの辺りに出没するモンスターに詳しく、その情報を得られただけでも十分な価値があった。


 シャールはまずビオ・クレスの北側の崩れた門から中に入る。

 部下に命じて荷車で運んできた木材を使って門を補修すると共に、町中に向けて障害となる柵を築かせた。

 その間にハンターが近くの建物を一つ一つ改めていく。


 町中に巣くっているのは死してなお動くアンデットの類が多い。

 古代魔法王国の住民ということはさすがになさそうで、黒の塔で力尽きたハンターや新天地に逃れてきたものの成れの果てと思われた。

 出来高払いで雇われたハンターたちは熱心に掃討作戦に従事する。


 肉体を持つありふれた種類のアンデットの破壊は熟練のハンターであれば難しくない。

 複数で組んで行動するハンターは骨だけのスケルトン、半ば朽ちた肉体のゾンビなどを倒していった。

 この程度のモンスターを相手どることができなければ、そもそもこの地でハンターは難しい。


 眠りや麻痺などの特殊な攻撃能力をもつ上位の存在であるグールやワイトと呼ばれるものの相手は少し手こずった。

 それでも屋外におびき出してしまえば、陣地の構築が終わった騎士が加勢して倒すことに成功する。

 全身を金属で覆う騎士の装甲は、これらのアンデッドでは破壊できない。

 長時間に渡る塔の探索には不向きだったが、このような掃討作戦ではやはり固い守りが役に立った。

 

 少々厄介なのは、ゴーストやレイスといった実体を持たないモンスターたちである。

 動きが速くないのが救いではあるが、鎧や兜が意味をなさず、体に触れられると生気を奪われ、最悪の場合死に至った。

 そして、剣で攻撃してもすり抜けるので、魔法か魔力の込められた武器でしか倒せない。

 

 魔力の込められた武器などというものは滅多に存在せず、この一団ではシャールとハンターの一人が有しているのみだった。

 それに加えてカチュアと二人の魔術師がビオ・クレスの中を駆けまわることとなる。

 小六も手伝いたかったが、さすがに実体のないものは相手にできず、それ以外のモンスターを倒す手伝いをしていた。


 そして、例によって小六の真の戦いはシャールがビオ・クレスに到着する前に終わっている。

 アンデッドの中でも上位の存在であるヴァンパイアロードであり、今までビオ・クレスに君臨していた存在を密かに二体とも葬り去っていた。

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