第39話 エッサリア騎兵
魔物の跋扈する地に足を踏み入れていることから、シャールは盛んに偵察活動を行う。
シャール率いる軍の主体は騎兵であり、攻撃には向いているが、防衛になると本領を発揮できなかった。
攻撃は最大の防御である。宿泊地に迫られる前に敵を把握して叩くつもりだった。
今の位置に長く留まるつもりはないが、まずは魔物との第一戦を行い力量を図りたい。その戦いではシャールがイニシアチブを握るつもりでいる。
宿泊地を建設して三日後、モンスターが近くに集結しているとの情報が入った。
複数の斥候を出し数を確認する。
小六も狩り出されて、そのモンスターを視認した。
赤銅色の肌を僅かな布で覆い、牙を生やした姿は、外見としては昔話に聞く鬼が小さくなったようなものかな、と考える。
小さくなったとはいえ、元の鬼と比べればの話で、大人と変わらないか、やや高いぐらいの背丈があった。
宿営地に戻ると小六はその数を三百を少し超える程度と報告する。
他に斥候に出た者の推論した数は三百から五百というものだったので、小六の報告は比較的少ない方だった。
小六が報告を終えて小屋を出ていくと、シャールはカチュアやマーグルフと顔を見合わせる。
「総合的に判断すると、敵数は三百というところか」
「そのようですな。我らの二倍以上です」
「全く問題ないですね」
「さようですな」
エッサリア騎兵は遮るもののない平原においては、三倍の敵中に突撃し、味方の損害なしに撃破することを目標に訓練されていた。
シャールは表情を緩める。
「しかし、小六は物見に関しても優秀だな」
「まだ正しいことが確認できたわけじゃないですよ」
カチュアがまぜっかえすが、マーグルフもシャールに同調した。
「一番のベテランもほぼ同じ数だと報告している。人はえてして多めに数えがちだからな」
「まあ、いずれにせよ、潰さねば我らの未来がない。全力で当たるぞ」
小六は忍びとして正確に数を数えることができる。
ただ、マーグルフの言う通り、人というのは多いものを一瞥したときに、実数よりも多く数える傾向があった。
小六より少し上の世代の武将である武田信玄にも、部屋に敷き詰めた貝の数を部下に推量させたところ多く見誤ったことから、兵数は多くはいらない、勝手に敵が見誤ってくれる、と言ったという逸話が残っている。
シャールの命で攻撃部隊が編成され、小六も志願したが留守を任されることになった。
シャールは小六の肩に手を置く。
「少し所帯が大きくなった。新参者の中にはちょっとな」
すべてを言わなくても小六に通じた。
多くはないものの、素行があまり良くない者が混じっている。
百五十の兵がいなくなると、狼藉を働く危険性があった。
「分かりました。留守の間は任せてください」
モンスターの群れが接近していることを確認すると、シャールは進発する。
騎行すれば、馬を駆けさせるのにちょうど良い野原で出会できる計算だった。
シャールはモンスターの群れを目視すると笑みを浮かべる。
敵数はシャールの目から見ても三百ほどだった。
「突撃準備!」
馬を走らせながら号令をかけると面甲を降ろす。
シャールの周囲に少しずつ騎士達が集まりながら速度をあげた。
長槍を脇に抱えてまるで巨大な一本の槍のような形を作る。
数騎に一人の割合で背負う旗が大きな音を立てた。
それに負けない叫び声をシャールがあげる。
「突撃!」
騎兵が一団となってモンスターに突っ込んだ。
上空から見ればまるで巨大な怪鳥が襲いかかったように見えたかもしれない。
騎兵が通り過ぎた後は死屍累々という有様になる。
モンスターの手にした棍棒や斧などは、シャールたちに触れることすらかなわない。
手の届かないところから槍で貫かれ、吹き飛ばされ、挙げ句に踏みにじられる。
一度駆け抜けて散開し、再び密集隊形を組んで突入するとモンスターは恐慌状態になった。
今まではせいぜい十人程度のハンターを数の暴力で蹂躙していたのだか、今や立場が逆転する。
元の三分の一以下に討ち減らされたモンスターは潰走を始めた。
散り散りになって逃げようとするのに対抗して、シャールも自軍を小集団に分けて対処させる。
もちろん、どの集団も数的な有利さを崩さないように気を付けた。
文字通りモンスターを壊滅させると、さっと宿営地に向かって引き上げる。
シャールたちが手強い敵だと認識させるという目的は達成したので、長居は無用だった。
味方の死者はゼロ。さすがに負傷者は出たが命に別状はない。
半日もかからずに帰営したシャールは、宿営地が妙に騒がしいことに気づく。
開門させて中に入ると宿営地を貫く二本の大通りの交点にある広場で捕縛された男たちが口々に叫んでいた。
その前では小六が涼しい顔をして立っており、ナナリーが忙しく通訳するのを聞いている。
シャールが馬を進めると小六は上官に対する敬礼を施した。
「閣下に対する反乱を企てていた者9名を捕縛しました」
小六は本当は概ね新参者たちの言葉は分かっていたが、いつもは分からない振りをしている。
そのため、良からぬ企みをしている者がいることは既に把握していた。
さらにアーレの存在がある。
人がいれば警戒する者でも、狼がほっつき歩いているのは気にしない。
アーレが語る内容と付き合わせることで、小六は不満分子を事前にほぼ探り出している。
そのため、その連中がいざ行動に移すやいなや制圧されていた。
肉体を痛めつけなくても自白を引き出す精神的な拷問は小六の得意とするところである。
捕まえた者を順に拷問にかけて誰の発案によるものか聞き出していた。
最初はブラン帝国のゴウタール辺りがはるばると長い手を伸ばしてきたのかと疑っていたが、蓋を開けてみればもっと近くにいる者が原因と判明する。
ラハイン川の近くの町の有力者が、ハンターがもたらす利益を独占しようとして潜り込ませたスパイが扇動したのだった。
幹部を集めた席上で報告を受けたシャールは、実行犯と教唆者を強制労働に従事させることに決める。
蔭で糸を引いていた者に対しては証拠も余力もないと放置することになった。
ただ、その後、同様の事件は起きずにすむ。
いつの間にか8つの塔の位置と同じ配置で小石が寝室に置かれていたことを恐れた有力者が手を引いたからだった。
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