第38話 渡河

 ラハイン川の近くにはかなりの規模の町がある。

 これまで通過してきた町と比べても大きく活気もあった。

 人類の生息域としてはかなり外れにあることを考えると場違いともいえる規模である。


 取引に出てきた商人に聞いて事情が判明した。

 塔の探索をすると手に入る財宝狙いのトレジャーハンター相手の商売で潤っているらしい。

 シャールはハンターから情報を集めさせると共に、斥候を出すことにした。


 本音を言えば自分自身で行きたいところだが、シャールが居なくなると、一行に動揺が走る恐れがある。

 最初は歓迎していた町の人々もシャールが旧魔法王国領内に拠点を築くと知ると、商売敵となると判断したのか対応が冷めたくなりつつあることも気になった。


 小六が斥候に志願して了承される。

 他に指名された軽騎兵数名と共に、ハンターに混じって橋を渡った。

 大河ラハイン川の向こう側もそんなに地勢が変わるわけではない。

 川岸に近い塔を目印に扇状に散開して各自別々の方向に馬首を向ける。

 見晴らしを遮る木立を避けて、石を敷き詰めた街道を進んだ。

 魔法王国時代から維持補修されていないはずの街道だが、まだ十分に機能を保っている。

 その時代の技術力の高さを物語っていた。


 各員はモンスターの大群に遭遇したら無理をせずに引き返してくるようにと言われている。

 そうすることでモンスターの配置の濃淡を探るのが目的だった。

 まとまって行動せずに分散したのは、万が一戻らなかった場合、その方面には脱出もできないほど密集しているということが分かるためである。

 非情ではあるが斥候の基本だった。

 小六にはアーレが随行しているので他の者よりも効率よくモンスターの存在を覚知することができる。


 ハンターから仕入れた情報通り、橋から騎行で半日の距離の範囲には脅威となりそうな集団はいない。

 ところどころにハンターが数人まとまってたむろしていた。

 数か月に一遍、モンスターが大挙して押し寄せることがあるが、それ以外の時期は比較的平穏ということらしい。

 斥候全員が水場などを確認しながら往復し、日暮れ前にはシャールの下へと帰参し見てきたことを報告した。

 川岸から遠く離れなければ、拠点を築いても安全面で問題ないとシャールは判断する。

 

 翌日、車馬を連ねて橋に向かった。

 橋の門を守っている兵士の隊長は、一行の先頭にいるシャールを見て歯を見せる。

「この先に新天地を求めようと噂になっているのは貴女か。随分と数がいるな。非戦闘員の数も多いようだ。考え直してはいかがかな?」

 ナナリーが通訳して会話が進む。


「お気遣い感謝する。我々にも事情があるのでね。貴国もブラン帝国の圧力をはねのけてまてで我らを受け入れようというつもりもないだろう?」

 隊長は肩をすくめた。

「陛下がどのように判断されるかは分からないな」

「いや、別に非難しているんじゃない。立場が違えば当然だ。我らが川向こうに拠点を築けばここへの圧力も減ると思う。通行を許可してもらえるかな?」

「ああ、今開けさせよう」


 シャールについてきた人々も川を越えたからといって大きく環境が変わるわけではないことに落ち着きをみせる。

 昼過ぎには移動をやめて、シャールは水の便の良いところで宿営地の建設を始めさせた。


 一辺七十歩の空堀を掘り、出た土を内側に積み上げる。

 その上に切り出してきた木を尖らせたものを植えた。外向きに少しだけ傾斜をつけてある。

 さらに四隅には本格的なものではないが櫓も建てた。

 南北二か所の門の脇にも同様に櫓がそびえる。

 ここまで本格的なものを造るのは初めてだったが、長旅の間に繰り返してきたので手慣れたものだった。老いも若きも男女の隔てもなく役割が決まっている。


 宿営地の建設が終わってようやく炊煙が上がった。

 マリーは日課の鍛練をしている小六を呼びにいく。

 気分は新婚早々の若妻だった。

 小六自身はもう一人の兄だと思って欲しいと言っていたが、現実には血が繋がっていない。


 こうして生活の世話をしているうちに小六が振り返ってくれるのをゆっくりと待つつもりだった。

 それに兄や妹と引き離されて見知らぬ場所に働きに行かなくてはならない不安を感じることなく暮らしていられるだけで十分に幸せを感じている。


「そろそろ夕食にしませんか?」

 小六が自分に割り当てられた区画に戻ると、即席の炉の前にはシャールとカチュアがいた。

「おお、やっと戻ったか。そろそろ肉がいい加減で焼けているぞ。これを切り分けるのは家長のお前にしかできないのだからな」


 厳密に言えば小六は家長ではないが、この役割を他の誰がやるかというと適任者はいない。

 家庭内の権威を示す行為でもあるので、たかが肉を切るだけだから誰でもいいとはできないのだった。


 小六が直火で炙った肉を切り分ける。最初にお客であり最上位の者であるシャールに提供し、カチュアの後は年齢の順に配った。

 食事が始まるとカチュアがさり気なく過激な発言をする。

「小六は毎日マリーの作る食事が食べられて幸せだな。この味に慣れてしまうともう手放せないだろう。いっそのこと結婚してはどうだ?」

 各人の反応はまちまちだった。

 

 うんうんと目を輝かせるハリー。

 メグは抗議の声をあげる。

「コロクのお嫁さんには私がなるの!」

 ナナリーもすかさず名乗り出た。

「はい、はーい。私の料理の腕も悪くないと思いま~す」


 小六は話の流れが怪しくなった瞬間に大きな肉の塊を口に入れる。

 もぐもぐと咀嚼に忙しくて口が開けられないふりをした。

 マリーは頬を染めて下を向いてしまう。

 そして、シャールは飲み込んだものが気管支に入ったのか咽せていた。

 落ち着くとシャールはカチュアを軽く睨む。

 カチュアはどうしたの、というように笑みを浮かべた。


 もちろんカチュアは分かっていてやっている。

 この食事の場にいる女性陣の中でカチュアだけが、小六に対してそれほど魅力を感じていない。

 かなり年上の男性が好みだった。

 口に出したこともないが、シャールの父のギャレットがタイプである。


 シャールに対して友情を感じているのも事実であるが、その底にはギャレットの娘だからということがあるのはカチュアも自覚していた。

 そのため、なんとなく保護者めいた気持ちになってしまう。

 少し踏み込みすぎたかなと反省して、脂の乗った肉にかぶりついた。

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