第37話 訓練
小六の仕事が落ち着いたところを見計らってカチュアがやってくる。
カチュアが手本として小剣を振ってみせた。
「基本動作は五つだ。正面からの振り下ろし、左右の面打ち、両脚への斬りつけ。分かったか?」
小六がその動きをトレースし、その様子をカチュアが評する。
「悪くないな。だが、最初は速さよりも正確さを重視しろ。極端な話だが刃が横に寝ていては相手を斬れないぞ。うん、それでいい。そして、これがその打撃に対する基本の受け流しになる。これを繰り返すんだ」
小六は刃の向きを少しだけ直した。
「なかなか飲み込みが早い。マークス神殿の神託も少しは当てになるのかもしれないな」
カチュアが去った後も小六は練習を続ける。繰り返すことで学習効果が高まることは今までの忍術の修行でよく分かっていた。
十日もしないうちに、カチュアと打ち合えるまでになる。
これにはさすがにカチュアも舌を巻いた。
「これなら並みの兵士と一対一なら十分に戦えるやもしれないな。あ、そんなに嬉しそうな顔をするな。達人には適わないし、複数を同時に相手取るのも無理だ。よし、少し本気を見せてやる」
剣を正面に構え口中で何かつぶやくと、今までとは比べ物にならないスピードで小六の剣を打つ。
速いだけでなく一打一打の重みが全然違った。
小六は完全に受け流しができず、数合の後に大きく剣を弾かれ、次の瞬間には首筋にカチュアの剣が突きつけられている。
「コロク、慢心するなよ。私はまだ全力を出し切っていない。シャールに背中を預けられたいなら、もっともっと精進することだ」
小六は剣を拾ってくると、教えられたように正面で剣を掲げてカチュアに敬意を示した。それから興味津々という表情になる。
「ねえ、カチュアさん。今のは何? 急にスピードも力も上がったよね?」
「一時的に身体能力を強化する魔法だ」
「俺には使えないよね?」
「どうだろうな。神託を受けていないのであれば、この年齢から身につけるのは難しいだろう」
小六はにっこりと笑った。
「秘技を見せてくれてありがとうございます。それと、カチュアさんが敵じゃなくて良かった」
「安心するのは早いぞ。シャールを裏切ったり、傷つけようとしたら私は斬る」
「俺がそんなことするわけないでしょ」
「人はな、善意で他人を傷つけることもある」
「気を付けます。それにしても無料で指導してもらって悪い気がするのですが」
「そうだな。気が咎めるというなら、時間のあるときに小姓の話を聞かせてくれ。あ、シャールの居ないところでな」
「分かりました。とりあえず今日のところはこれで」
小六が礼を言うとカチュアは手を振ってシャールのところへと向かう。
基本動作を繰り返す練習を始めながら、小六は先ほど手に感じた衝撃を思い出していた。
小六ももちろんカチュアと対峙した時に全力は出していない。
防御における基本思想が小六の得意とするところとまったく異なっていた。
基本的に小六は剣先を見切り、すれすれのところでかわすことを守りの基本にしている。受け流しも使うがあくまで補助的な動作だった。
それでも本気を出していないとはいえ、カチュアのあの動きに対応しようというのは苦労しそうだなと思う。
夕食を終えると、今度はシャールに徒手戦闘を教えてもらいにいった。
シャールは細かく指示を出すし、よく褒める。
「そうだ。腰を入れて下から突き上げる。腹に力を込めてぐっとだ。ああ、いいぞ。もう一回。もっと鋭く。素晴らしい。さあ、連続で来い」
たまたま通りかかったカチュアがぎょっとして木陰から覗くと小六が顎を狙って下から拳を振り上げていた。
シャールがカチュアが見ていることに気づいて首を傾げる。
まったく、紛らわしいと思いながらカチュアは顔を引っ込めた。
常識で考えれば屋外でそんなことをするはずがないのだが、ここのところシャールが小六と親密になっているのを感じている。
カチュアもこれからも苦難が続くであろうシャールに恋人や夫という存在ができること自体を否定するつもりはない。
その候補として小六も悪くないとは思うのだが、周囲に女性を多く侍らせているように見えることが減点要素だった。
カチュアは首を振る。
最終的にはシャールが決める話であるし、よほどの変な男でなければ親友であっても口を挟むべきではない事柄だった。
剣の腕が上達した小六はジイさん達にも目をつけられる。
孫娘の婿にどうかという話であった。
今までも気が利く少年だとは認識している。ただ、ジイさん達は根っからの武人であるので、小六が戦士ではないというのがネックだった。
しかし、剣の技量も不足ないということになれば話は別である。
「なあ、小六よ。今日はうちで一緒に食事をせんか?」
「ほれ。あそこにいるのがうちの孫じゃ。なかなかの器量だと思わんか?」
「ワシとしては孫に糸と針を持たせてやってもいいと考えておるんじゃが」
糸と針を持たせるとは嫁に出すという婉曲表現であった。
あまりの白熱ぶりに見かねたシャールが、今はまだそういう時期ではないと控えるように命じる。
マーグルフなど二人と付き合いの長い者は訳知り顔になった。
もちろん本人たちに余計なことは言わない。
小六を鍛えながらもシャールの旅は続く。
だんだんと植生が変わっていき、異国の雰囲気が醸し出されていった。
やむを得ず故郷を離れたものにとってはそれだけで心細さが出てくる。
ただ、脱落者は出なかった。
離脱しようにも習慣も言葉も違う人々に混じって暮らすというのはハードルが高い。また、それだけシャールが統率者として優れているとも言える。
彼方に塔が見え始めた。
全部で八つの塔はそれぞれ異なる色で彩色されていることが遠目にも分かる。
夜になると時おり先端部分が円形に光を放った。
「あれはなぜ光るんだろう?」
小六の質問にシャールは両手を広げて首を横に振った。
「理由は分からない。遠くから見ている分には綺麗だな」
「あんなに高い建物がよく倒れないね。
「なんだそれは?」
「大地が激しく揺れて地面が割れ建物が壊れるんだよ。一説によれば、地中に巨大な魚が居てそれが暴れると起きるそうだ」
「地中の巨大魚か。討伐するのも大変そうだな。幸いにしてそんな話は聞いたことがない。しかし、小六のいた世界も苛酷なところだな。他にも家が吹き飛ぶような嵐があり、山が火を吹くのだろう?」
「そう言われると凄いところのような気がしてきた。でも、そんな場所でも人はたくさん住んでいるんだよ。この間攻めてきた敵は二十万だったし」
「考えただけでめまいがするな。話しているのが小六でなければ、とんだ大ほら吹きと思うところだ。いずれにせよ、あの塔が崩れることはない」
ついに大河ラハインの川岸に到着する。
この川が人間の世界とモンスターの世界を隔てていた。
川には一本の石造りの橋がかかっている。
橋のこちら側には重厚な二重の門が作られており、モンスターの侵入を阻んでいた。
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