第36話 強化計画

 シャールのもとへと戻ると小六は宣言する。

「俺、今日からは剣の稽古もする。いずれはシャールを守ってみせるから」

 他の者が言ったら吹き出したかもしれないが、小六の真剣な顔に対してシャールは大きく頷いた。

「そうか期待しているぞ」


 不在の間の忙しさから解放されたカチュアが、稽古の相手を申し出る。

「ルークス神殿での神託の内容からすると私の剣技が一番近いだろう。前祝いに予備の小剣も譲ってやろう。予備とはいうが私が普段使っているものと遜色ない品だ」

「いいんですか。ありがとう」


 シャールがほんの少しだけ不満げな様子を見せ、すぐにその表情を消した。

「長柄武器を使う相手との稽古をしたければ遠慮なく言うがいい。私が相手をしてやる。それに別に剣さばきだって私も教えられないわけじゃないからな。そうだ。徒手での戦いの仕方も覚える必要があるな」


 シャールは左右の拳で殴るコンビネーションをしてみせる。

 動作に無駄がなく美しい。

 小六はその動きに見とれ、そのことに気づいたシャールが頬を上気させた。

 手で自分の顔を仰ぐ。

「もう秋だというのに暑いな。やはりだいぶ南にきたからだろう」


 マーグルフも顔をほころばせた。

「打撃武器を習いたいなら、それがしもお手伝いいたそう。我らの実力の半分も身につけられたら一人前の戦士だ。これから向かう場所では戦わねばならぬことが多いだろうからな。練習に励むがいい」

「よろしくお願いします」

 元気よく頭を下げる小六の姿は好感をもって受け止められる。


 ただ、すぐには稽古を始められなかった。

 不在の間に溜まっていた雑務を片付けなければならない。特に物を売りにきた地元民相手の商売は時間を取られた。

 通訳をするナナリーには仕事の合間に文句を言われる。


「ルークス神殿に行くなら私にも声をかけてくれれば良かったのに」

「ナナリーさんが神殿に行ってどうするんです?」

「今はいいけど、シャールさんの目的地に到着したら通訳の仕事だけじゃ役に立たないでしょ。お荷物扱いされたくないからさ。治癒魔法の能力を引き出してもらいたかったなあ。あ、それともコロクが養ってくれる?」

 シャールやメアリーあたりが聞いたら気分を害しそうなセリフを付け加えた。


「なんで俺が?」

「こう見えても、私は新しく加わった若い男性にはそれなりに注目されているんだぞ。コロクだってまんざらでもないでしょうに」

「じゃあ、その新入りの誰かに養ってもらえばいいじゃないですか」

「甲斐性のない男は願い下げよ。それなりの地位と稼ぎが欲しいわ。コロクなら私は大歓迎だから」

「俺は遠慮しておきます」


 この時点で小六の実力の片鱗を一番正しく理解しているのはナナリーである。

 なにしろ元々相当な実力を持っていることを二度に渡って目撃していた。

 モンスターが徘徊する地に到着した後なら、小六が今以上に活躍するだろうことを予測している。

 シャールが築こうとしている国において爵位を与えられるのは間違いないとみていた。

 こんなチャンスは見逃せない。


 それになんだか神殿から戻ってきた小六の姿が今までよりもずっと魅力的に見えていた。

 どちらかというと年上が好みだったが、小六なら年下でも問題ないと打算抜きでも思うようになっている。


 ただ、あまりしつこくしても嫌われるだけなので、ナナリーは大人しく引き下がった。

 今は天幕生活なのでそうもいかないが、落ち着いて居を構えたら寝室に押しかけるつもりでいる。

 ナナリーは服を脱いでしまえば、小六を落とせる自信は十分にあった。


 商売が落ち着くと、小六はハリーのところへと向かう。

 メグがまとわりつき、ほっとした表情のマリーが甲斐甲斐しく食事の世話をした。

 食事が終わると待ちきれないようにハリーが出来上がった矢を小六に見せる。

「どうだい? これなら結構いい値がつくと思うよ。俺が作った弓で試射した感じじゃ悪くなかった」


 食事を終えると小六は藁を束ねたものを的にして弓を引いた。

 概ね狙った範囲に矢が突き立つ。

「確かにこれなら十分だ。全部で何本できている?」

「ここにあるので全部だよ。十二本だね」


 そこへシャールが通りかかった。

「コロク。何をしているんだ?」

「ハリーに矢を作ってもらっていたんです。猟師のお父さんが矢の自作をする手伝いをしていたことがあったそうなので。矢じりだけは購入したものですけどね」


「それをどうするんだ?」

「これから向かう先は危険なところなのですよね。住む人は全員戦えるようにした方がいいと思うんです」

「なるほど。そういうことか。アルビオンに倣おうというのだな。だが、弓もすぐに引けるようになるわけじゃないぞ。力が無いヘロヘロした矢では相手を倒せないし」


「クロスボウというのを使うのはどうでしょう? 連射はできませんが、女性や子供でも扱えると聞きました。それもいずれは生産できるようにしますが、まずは大量に必要になる矢を作り始めてみたんです。お気に召しませんか?」

 小六はシャールの顔を見つめる。


 ブラン帝国では槍で突撃する騎士とパイクを持ち守りを固める歩兵が軍の主力だというのは小六も理解していた。

 飛び道具については技能に長けた傭兵を雇うのが普通で直接揃えるということはしていない。

 装備や戦い方は戦士としての誇りに直結するものであり、そう簡単に変えられるものではない。

 受け入れられない可能性もあると思っていた。


 腕を組み右手の人差し指で唇を叩いていたシャールは笑みを見せる。

「そこまで考えていてくれたとはな。私は今までの戦い方にこだわり過ぎていたかもしれない。矢は高いということも課題だったが自作すればその点も解決するな。分かった。そのまま進めてくれ」


「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのは私の方だ。本来なら私が考えなければならないことだ。ある程度数が揃ったら教えてくれ。私の方でクロスボウを使う者の人選はしておく」

 手をあげて去っていきながら、シャールは小六の評価をさらに一段上げていた。

 これで後は白兵戦の実力も身につければ不足はないのだがな。

 シャールの率いる集団の幹部として取り立てることなのか、それとも個人的な相手として考えることなのか。

 何について不足がないのかについては、シャールは頭の中で明確にするのを避けた。

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