第35話 引き出された力

 馬を飛ばしてやってきたルークス神殿は小六の想像していたものとはちょっと見た目が異なっている。

 もう少し神秘的というか、ご利益がありそうな雰囲気があるかと思っていたが、神殿の建物はキンキラキンでピカピカと光っていた。

 小六がお参りしたことのある鎌倉八幡宮の雰囲気とは全く違う。


 北野天満宮での大茶会で豊臣秀吉が披露したと聞く黄金の茶室と発想は同じなのかもしれないなどと小六は想像した。

 ルークス神殿には各地から己の隠れた能力を引き出すべくお参りする人間が途切れることがない。

 その喜捨で潤っており、その金額を誇示するように飾り立てられていた。


 小六の感性からするとけばけばしいと感じられたが、他の参拝者は素直に感心している。小六に同行した老騎士も感嘆の声をあげていた。

 正直あまり好きになれそうにない造りであったが、小六はそんなことはどうでもいいと思いなおす。

 大切なのは小六の潜在能力を引き出した、という話が聞けることだった。

 本当にそんな奇跡が起こらなくても構わない。


 物珍しそうにルークス寺院を眺める小六の姿を見かけた女性がはっとしたように身を隠した。

 シャールを暗殺しようとした三人組の生き残りである。

 実は小六が上役の遺体を川に流すのを目撃していた。

 まだあどけなさの残る少年の横顔が星明かりに照らされる様は脳裏にこびりついている。


 あれは悪魔に違いない。

 ブラン帝国に戻ることもできず中立地帯に流れてきたが考えが甘かったことを痛感する。

 再び会うことがあれば凄惨な死が待っている。

 震えながら女性はその足で辺境の地へと落ちのびていった。


 そんな事はつゆ知らぬ小六が神殿の受付で取り出した指輪は、それなりに感銘を与えたようで、その日のうちに秘儀を施してくれるという話になる。

 しかも、事前にどういう方面の才能を伸ばしたいかという希望聴取のようなものも行われた。

 一流の忍者と言っても通じるはずがないので、近接戦闘の技量と答える。

 

「それだけでいいのですか?」

 小六と応対した太った神官は首を傾げる。

「これだけの喜捨をされるのであれば、もっと色々と望まれることが多いのですが」

 小六は手を横に振る。


「あ、俺はある人を守りたいだけなので、それほど高望みはしてないんです」

「なるほど。貴婦人を守る騎士として活躍したいわけですな。そのための力が欲しいと。なるほど、なるほど」

 豪華な衣装に身を包み装飾品をジャラジャラとさせた神官は訳知り顔に頷いた。

 肉の中に埋もれそうな目をさらに細くする。


「ご要望はよく分かりました。では早速祈りの間に参りましょう。時は金なりと申しますからな。ああ、お付きの方はこちらでお待ちください」

 廊下を歩いて進み、重厚な扉の前まで神官が案内した。

 左右に佇立していた者が恭しく扉をあける。もちろん、この二人も美々しく着飾っていた。

 小六の簡素な服装は見比べるとみすぼらしく見えてしまうほどである。

 神官がお先にどうぞと道を譲った。


 小六が事前に希望を聞かれていた部屋も調度品など金がかかったものを置かれていたが、祈りの間はさらに豪奢である。

 壁と床は白い大理石の大きな板が嵌められ、アルコーブの柱には見事な彫刻が乗っていた。

 何か香油でも焚きしめているようで、いい香りがしている。

 幾つもの燭台が灯りを放っていた。


 部屋の奥の金色の祭壇の前には紫色のクッションが置かれている。

 するすると進むと神官は小六をクッションの上で跪くように促した。

 神官は祭壇に向かうと両手を上げて何やら呼びかけ始める。

 言葉の中身は小六には分からなかったが、所々に自分の名が挟まるのは聞き取れた。

 最後に一声大きく叫ぶと神官は斜めに後ずさり、小六の横に立つ。


 連れだって祈りの間を出ると、神官は大きな笑みを浮かべた。

「近年稀にみる効果が出ましたぞ」

 控えの間に戻ると、上等な葡萄酒を飲んで寛いでいた老騎士を交えて祈祷の結果を説明する。


「小六様は類い希な戦士としての素質をお持ちです。私が感じたところでは敏捷性で相手を翻弄するスタイルと出ているようですな。訓練次第では相当な腕前となられるでしょう」

 目を輝かせて話を聞く小六は、ただの夢見がちな少年にしか見えない。

 老騎士はさすがに話を盛りすぎではないかと思ったが口には出さなかった。

 憧れと思い込みは成長を促す栄養となることを認めている。

 実例として自分が仕えていた先代のギャレット・ド・エッサリアが、自分には才能があると盲信しひたすら修行をして腕を上げ名をなしたというのを目撃していた。

 

 当事者の小六は、とりあえず老騎士が大袈裟な内容に呆れながらも神官の言を耳にしたことに満足している。

 実直な性格をしていることから、シャールのところに戻れば、どのような内容だったかを必ず報告することが期待できた。

 あとは、人目のあるところで剣の稽古を始めるだけである。

 口から出任せと思われる発言にも高価な指輪を進呈した価値はあったと考えていた。


 小六は神官の少し湿った手を握って感謝の意を伝える。

 大きな腹を揺らして神官は笑った。

「有為な若者の成長の手助けが出来てこれに勝る喜びはありません。きっと小六様は名を上げられることでしょう。その時にこの神殿がお手伝いをしたことを広めても構わないでしような?」


 神官が手を叩くと下働きの者が木枠を運んでくる。

「これに手をお願いします」

「ああ、うん」

 粘土の上に小六の左手の手形が残った。

 神官に命じられて下働きの者が大事そうに粘土板を運んでいく。

 小六はさすがに大袈裟過ぎないかと思った。


 実はルークス神殿にお参りすると潜在能力が花開くという話は全くのインチキというわけではない。

 はるばる訪ねたのにちっとも力を発揮しないという声は確かにある。

 ただこれは本人の伸びしろがなければ引き出しようがないというだけだった。

 もちろん祈りを捧げる神官の能力にも影響される。

 小六はまだ若く成長の余地があったし、対応した神官も見た目以上の実力者だった。


 このため、小六のまだ引き出しきれていなかった力が開放されている。

 その点については程なく小六自身も気がついて感心することとなった。

 そして、強化された内容は実は筋力や身軽さなど戦いに関することだけではない。

 神官が気を利かせ、戦いに密接に関係することとは別に神に呼びかけ願ったことがある。


 貴婦人を守る騎士として活躍したいということは即ち、活躍してその行動を認められたい、恋を成就させたいということだと神官は理解していた。

 世故に長けた神官は能力だけあっても評価されない事例というものを知っている。

 そこで抜かりなく、その点もお願いしていたのだった。

 神殿も多額の喜捨をした参拝者には、有能な神官を割り当てるぐらいのことはする。

 こうして、小六の仕草や言動が女性に与える魅力も、人知れず高められているのだった。

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