第34話 目的地

 後遺症もなく回復したシャールは南へと歩みを進めている。

 これは当てもなく彷徨っているわけではなく、一応の目論見があった。

 大陸の北部から中部にかけては、ブラン帝国、マージャ王国、メルヴァ王国と大国が盤踞している。

 周辺国や属国も含めて既存の秩序が組み上がっており、新参者が入りこむ余地が少なかった。

 無理をして地盤を築こうとすれば既得権益を脅かすことになる。


 シャールの手勢は個人としてはかなり強力であり、盗賊団や犯罪組織は寄せ付けないが、国家規模で考えれば、絶対的強者ではなかった。

 同時に複数の集団を相手どるのは難しく、既存の勢力は新興勢力に対しては一致団結する傾向にある。

 独立は諦めてどこかの国に仕えるという手もないが、シャールは宮仕えに向いた性格をしていない。


 それに一武将として迎えいれるには、シャールは美しすぎた。

 だからといって寵姫におさまり、着飾って大人しくしているなどというのは、宮仕え以上に似つかわしくない。

 だから、シャールは新天地に活路を見いだすしかなかった。


 南方はモンスターが跋扈する苛酷な土地である。

 今はもう伝説の存在となった古代の魔法王国の壮大な実験の失敗により、様々なモンスターが半恒久的に生み出されていた。

 その地にはモンスターの巣窟であり母胎でもある全部で8つの塔がそびえている。

 そのうち1つだけは一致団結した人類やその他の知的種族の手により既に機能を停止していた。


 そのまま、全ての塔を攻略していれば、人類の生息域は広がっていたはずである。

 しかし、入手した宝物の分配をめぐって争いが起きてしまう。

 塔を攻略するという壮挙はその一回切りとなり、残りの7つの塔は今日も元気にモンスターを吐き出していた。

 そんなわけで南方には無人又は極めて定住人口の少ない土地が広がっている。

 そこがシャールの狙い目だった。


 無人とはいっても、かつては人が住んでいた場所であり、食料や資源は不足していない。

 もともと魔法王国が立地していたぐらいなので、土地も肥沃だった。

 また、諸事情により、故国から逃れて境界線上や周辺に住み着いているものもいる。

 まとまった数の人間が、強固な町を作れば住民が増える見込みもあった。

 このことから、シャールの目論見は、決して勝算のない賭けではない。


 こうして目的地へと近づきつつあったシャールたちは、ルークス神殿にもっとも近い地点に到達する。

 ルークス神殿は豊富な資金力を背景に、ブラン帝国からもメルヴァ王国からも独立した版図を築いていた。

 小六はシャールに対して、一時的にみんなと離れてルークス神殿に詣でて、潜在能力を見出してもらいたいと訴える。


「これから、モンスターが徘徊するところに行くんでしょう? 俺も少しは直接自分の身を自分で守れるようになりたい。できれば、シャールの後ろを任されるぐらいになれたらいいと思っている」

 大口をたたいているとしか聞こえない台詞だったが、シャールは笑わない。

 小六の真剣さは十分に伝わっていた。


「そうか。剣聖と呼ばれる人物も生まれたときから剣聖だったわけじゃないからな。期待しているぞ。だが、神殿で潜在能力を見出してもらうには、それなりの喜捨が必要になるのを知っているのか?」

「知ってる。これを使おうと思っているんだ」

 小六は皇宮からくすねてきた指輪を見せる。


「お祭りのときに道で拾ったんだけど、その後すぐに都から出てきちゃったでしょ。これだけ遠いともう返しにいけないしね」

「落とし物を自分のものにするのは感心しないな。まあ、あの急場では仕方ないか。少しゴテゴテしていて派手過ぎる気がするが確かに値段は高そうだ」

「でしょ。きっと大金持ちか大貴族が持ち主だと思うんだ。これ一つなくしたからって困らないような。だから、俺が有意義に使わせてもらおうって」

 小六の虫のいい台詞にシャールは苦笑した。


「私の預けた金は銅貨1枚すら懐に入れない正直さに感心していたんだがな」

「そりゃ、シャールの信頼を裏切るわけないよ」

「拾ったものを自分のものにしておいてよく言う。まあいい。確かに今さら言っても詮無いことだ。それではコロクに4日の自由を与える。私たちは先に行っているが追いついてこい」


 カチュアが話に加わる。

「ちゃんと戻ってこいよ。もし適性があったら剣の稽古をつけてやる」

 この集団の運営に関する雑務を小六が引き受けていることで、それらの仕事から解放されたカチュアが実質的に一番恩恵をうけていた。

「誰か護衛をつけてはどうでしょう?」

 そんなことまで言い出し、一緒に買い物にいった老騎士がついていくことになる。


 小六がハリーたちのところに行き、数日間留守にすると告げると、マリーが不安そうな表情になった。

「あの……、私たちを見捨てないでくださいね」

 ここまでの旅の間にマリーはすっかり小六に惚れこんでいる。

 添い遂げる相手はこの人しかいないというほどに思いつめていた。


 ただ、一番近くで観察をしているだけに、実は小六はすごい才能の持ち主なのではないかとも感じ、自分との差に悩んでもいる。

 一行のリーダーであるシャールの信頼も厚いし、いつの間にかなくてはならない存在となっていた。

 今は放浪中だが、いずれどこかに腰を落ち着け領主となったら、シャールのプライベートを差配する家令になってもおかしくないと思っている。


 そうなると、財産といえば自らの肉体しかないマリーがいくら恋心を抱いても相手にしてもらえそうにない。

 さらに、小六がシャールに向けている密かな慕情にも薄々気づいていた。

 それはそれで大それた望みではあるけれども、マリーと小六よりは、まだ可能性があるように思える。


 ルークス神殿に詣でて小六が新たな才能を開花させたりしては、ますます遠い立場になってしまう。

 そんな気持ちからマリーは不安を口にしてしまったのだった。

 小六はにこりとほほ笑む。


「すぐに戻ってくるさ。マリーたちを見捨てたりするわけないだろ」

 メグは無邪気に話しかけた。

「お土産待ってるからね」

 ハリーは請け負った仕事を進めておくことを約束する。

「たぶん、矢の試作品は完成していると思う。期待しててくれ」

 マリーは小六の笑顔を信じて送り出すことしかできなかった。

 

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