第33話 人食い巨人
シャールが20騎とともに駆けつける。
すでにその村は阿鼻叫喚に包まれていた。
村を守る柵はあっさりと破壊され、人食い巨人は棍棒を振り下ろし家屋を叩き潰す。
壊れた家や小屋に手を突っ込むと中のものを引きずり出して口に放り込んだ。
バリバリと音を立てて仔馬の体をかみ砕く。
早めの避難を指示されていたはずなのに、逃げ遅れた村人がまだ何人かいた。
猟を生業にしているのか数人の男たちが遠くから矢を射かけているが、遠すぎるせいかまったく巨人の体に刺さっていない。人食い巨人は家の石垣を掘り起こすと猟師たちに向かって投げつけた。
人食い巨人は実は視力はあまり良くない。
それでも唸りをあげて飛んでくる石は、人に当たれば即死間違いなしであった。
近くに落ちただけでも大量の土砂をまき散らし、猟師たちの勇気をくじく。
混乱渦巻く村の中に甲高い子供の泣き声が響き渡った。お腹の大きな女性とまだ小さな女の子を連れた男が必死の形相で巨人たちから逃れようとしていた。
それを見つけた人食い巨人が舌なめずりをして、その方向へ向かう。好物を見つけた巨人の大きな眼は嗜虐性の喜びに輝きを放った。
逃げ遅れた村人まであと20歩ほどに巨人が迫ったところで、シャールたちが村に到着する。
そして、騎兵を二手に分けて、巨人を挟むように向かわせる。シャールは半分を率いると疾走を開始した。
途中、カチュアが高らかに護りの呪文を唱え、飛来物から一団を守る力を開放する。掲げた左手の腕輪から光が溢れて、駆ける騎士団を包み込んだ。
本来は弓矢に対するもので、巨人が投げる石への効果はたかがしれているが少しでも被害を軽減しなくてはならない。
小六に弓で目を狙われた巨人が棍棒で庇うのを見たシャールは突撃を命じる。騎士たちは最後の距離を一気に詰め、馬上槍を巨人の足に叩き込む。痛みにたまらず巨人は棍棒を振り回した。不幸なタイミングで突っ込んだ騎士が棍棒で殴りつけられて吹き飛ばされる。反対側から突入してきた騎士たちは少し離れたところを駆け抜けざまに槍を投げつける戦法に切り替え攻撃を続けた。
眼のガードがなくなったことで、小六が大きな眼を狙う。1本の矢が深々と眼に刺さり、巨人は雄たけびをあげてのたうち回る。棍棒が家の残骸を吹き飛ばしてその先の人馬を傷付けた。数本の槍が刺さり、眼も傷ついた巨人はそれでも体力の限り暴れまくる。
巨人は馬での突撃を防ぐために、半ば壊れた家の中に陣取り、手近な木材や石を投げつけ始めた。
もともと視力がよくないところに片目を傷つけられているので狙いは正確ではない。それでも騎士たちは、飛来してくるものを避けるので手一杯になってしまう。
二人が怪我したところで、シャールは散開するよう命令を出す。まとまったままでは被害が増えるばかりだった。
シャールは馬を降りて、馬を追い放つ。
どのみち、巨人のまき散らしたもので馬が走れる環境ではなくなっていた。
村の猟師数名が、射角を高くとって射撃を始める。紡錘型の重りをつけた大型獣用の矢が降り注ぎ、少しずつ巨人を傷つけ始める。なんとかなるかと一息ついたとたん状況が一変する。巨人は即席の砦から飛び出ると猟師に向かって突進を始めた。
巨大な棍棒を目の前に構えて目を守りつつ巨人は突進する。
猟師は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
我を取り戻した騎士たちは、足場の悪い場所を駆け、巨人に斬りかかった。
巨人は増々吼え猛り大暴れする。
シャールは父の膝の上に座って武勇談をおねだりした時のことを思い出した。
『巨人は強い。一人で挑もうなどとは思わないことだ。ただ、どうしてもそうしなければならない時は、目を狙いなさい』
シャールは横から巨人に向かっていく。横合いからマーグルフが走り込んできた。巨人の注意を引かないようにお互いに声は出さない。
マーグルフは巨人の手前数歩ほどのところで巨人に背を向けて膝をつき、両手を組んで真っすぐ伸ばした。シャールは跳躍してマーグルフの手を踏む。
マーグルフはこめかみに血管を浮き上がらせながら、渾身の力を込めて腕を振り上げ、同時にシャールも全力で蹴った。
「やあああああっ」
自然とシャールの口から叫び声があがり、両手で逆手持ちをしたロングソードを全身でぶつかるようにして振り返った巨人の目に深々と刺す。同時に剣を手放すと巨人の肩を蹴って後ろ向きに飛び退った。
今まで、シャールの体があった場所を棍棒が通り過ぎる。ほんの一瞬遅れていただけでも全身の骨を砕かれていたに違いない。辛うじてこん棒はさけたものの、バランスを崩してシャールは背中から地面に叩きつけられる。
「うっ」
シャールは一声もらすと動かなくなった。
巨人は苦痛の叫びをあげながら棍棒を振り回す。弾き飛ばされたものが周囲に降り注いだ。人の頭ほどの大きさの石が家の柱にめり込んで止まる。
小六が走り込んでマーグルフと共にシャールを物陰に引きずっていった。
「しっかりなさってください」
左右に分かれた騎士の片方が大声で叫び注意を引くと、その隙に反対側から騎士が接近し斬りつけ退避する。少しずつ巨人の動きが鈍くなっていった。
棍棒を取り落としふらふらになった巨人がついに地面に倒れ伏す。
騎士たちはあえて近づかず様子を見守った。
こうして、シャールたちの戦いは終わる。騎士5名を含む20名近い重軽傷者を出しながらも、幸いにして死者は出ずにすむ。
負傷した者の中で一番重かった一人はシャールで、なかなか意識を取り戻さなかった。
村から馬車を借りて慎重に運ぶ。
先に宿営地に駆け戻っていた小六がナナリーを連れてきた。
「私の腕前じゃ無理よ。本当にちょっとしたことしか……」
「いいからやるんだ」
真剣な顔の小六に半ば脅されてナナリーは片手をシャールの額にかざし、ゆっくりと呟き始める。
カチュアが小六に問いただした。
「どういうこと?」
「ナナリーは言葉が得意でしょ。古代魔法語も分かるんだ。怪我を治すお祈りを独学で身につけたんだって」
しばらくすると、シャールは目を開けて、皆を安堵させる。
まだ隠し事をしていたナナリーだったが、シャールを治療した功により、そのことは不問となった。
その後、負傷者に小六が粉薬を与える。
効果があったのか、回復は順調に進んだ。
原材料を聞かれた小六は、笑って秘密と答える。
その正体は、ザルツから帝都に向かう途中で狩った若い鹿の角だった。
漢方では鹿茸と呼ばれ珍重されるが、この世界では効能を知られていない。
人食い巨人を倒して村を守ったことは、この方面でのシャールの名前を上げ、喧伝されることになる。
シャールが巨人の目を刺す直前にどこからともなく飛来した小さな鉄棒が巨人の首筋を貫き、その動きが遅れたことには誰も気づいていなかった。
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