『小説をかけちゃう猫』
小田舵木
『小説をかけちゃう猫』
今日も書けず終いだった。参ったな。これじゃあ、また叱られてしまう。
僕のご主人様は書けなくなってしまった作家。その代わりをしているのが僕だ。
道端で転がっているのを救ってもらった御恩があるけど…最近のあの人は酷い。
書けないからって酒を
それは神様に聞いてもらいたい。僕だって普通の猫として生まれてきたのに、器用にキーボードが打てるなんて驚きだよ。ライティングデスクに座るのもやっとなのにさ。
「おい。クソ猫書けたか?」なんて酒片手に彼は現れて。
「にゃあ」と僕は尻尾で何も書けてないテキストエディタを示す。
「なんだこの真っ白なテキストファイルは?」
「んなあ」と言い訳をしてみる。流石に毎日書くのはキツいよ。
「んだあ?生意気にも言い返すか、お前は?道端で死にかけてたお前を病院に連れて行ってやったのは誰だと思ってんだよ?」
「…なあ」それはそうだけどさ。もうどれだけ君の為に小説を書いてきたと思っているんだい?これ、仕事じゃないんだよ?ただの趣味じゃないか?君の見栄の為にどれだけ僕が物語をひねり出したと思ってるんだい?
「書かねえ猫にやるエサはねえ」彼は意地悪そうな顔で言う。
「…にゃおん」なんて抗議をしても無駄かな。眼の前のパソコンに文字を打つ『飯食わなきゃネタを思いつかない』。それを見た彼は眉をしかめて。
「働かざるもの喰うべからず」彼は得意げに言うが。君だって働いてないじゃないか。家族に養ってもらってる。いい歳こいて。
「にゃあああああん」僕は埒が空かない対話に疲れて。キャットタワーの上に避難した。
◆
キャットタワーの上で惰眠を貪っていると、下から揺らされる。
「おい、クソ猫。今日も書け」なんて言われて。
「ふなん」と拒否の姿勢を見せるが。
「エサもやるしオヤツもやるからよお」なんて彼は猫なで声を出しながら撫でてくる。気持ち悪い。けど、食い物には変えられない。
「…」僕はキャットタワーを降りて、いつものライティングデスクに座る。そこで
さて。どうしたものかな。前は確か小説を書けなくなった男の話を書いたんだっけな。
それじゃあ?今度は?物語を猫に書かせている男の話はどうだろうか?
僕を反映しすぎているだろうか?ある種の告発文にもできそうだ。
…でもなあ。小説として出したら誰も信じはしないだろうな。
でもそれでも書いてみたくなるのが作家だ。この欲求は止められそうにない。
話が
「うわ、くっせ!!」とご主人が悪態をつく。いい加減慣れろよ。
◆
『 どうも皆さん、こんにちは。
今日はどうしてもお知らせしたい事があって筆を取っています。
実はこのアカウントの創作物は全て猫の手によって書かれたものです。』
なんて書いて見たけど。これは小説の体を為していない。
それじゃあどう書くべきか?
『今日も書けず終いだった。参ったな。これじゃあ、また叱られてしまう。』
うん。こんな感じだろう。そこから怠惰な彼の姿を浮き彫りにしてやれば良いのだ。
今まで進まなかった筆が進む。キーボードの上を肉球が滑る。
夢中になりながら書いてみて。途中で休憩を取ったのが悪かった。
「おい。クソ猫」朝から酒臭い息をした彼が後ろに現れる。
「なあ」と僕は生返事をして。
「何書いてんだ?」
『猫に物語を書かせる男の話しさ』と僕は
「ああん?俺とお前がモデルかよ?」
『そうだな。中々おかしい状況だろう?』
「そりゃそうだが。俺の体面はどうなるんだ」
『そういう事さえネタにしちまうのが作家ってもんだろう?』
「…太宰みたいだな」かの有名な作家。割と創作のネタが身近だった事で知られる。
『私小説ってね。格好いいだろう?』僕は
「ま、いいか。創作はお前の
『了解。期待しててくれ』僕はキーボードを叩きながら応える。
それから数時間。
物語は書き上がり。僕は『カクヨム』というサイトにポストする。
その際、カテゴリをエッセイにしてやった。
あの虐待描写があるエッセイを見たら誰か通報してくれるのではないか、と期待して。
告発文的小説を書き終えると久々に飯がもらえた。いつものドライフード。味気ないが、ないよりは万倍マシだ。その上干しカマまで頂いてしまった。
◆
猫知恵なんてモノは大したものではない。
あんなエッセイを見たからって誰も通報はしないし、個人情報が漏れ出す訳がない。
今日も日々は続く。そしてご主人様は相変わらずだ。
「今日も書けよお」と僕を撫でくり回そうとするが。
「しゃー」と僕は威嚇して。
「おお怖っ」と彼は僕を茶化して。「エサが欲しけりゃ書けよ、クソ猫」と憎たらしい声で言う。
「ふなあ」と僕は悲しい返事をする。ホント、なんでこんな生活になってしまったのか?それは一年前に
ご主人様は処女作を書いていた。その頃はまだ酒も呑んでなくて優しかった。
「ああ…この後の文章がなあ」と膝に僕を乗せた彼は言い。僕は画面を眺める。
そこには猫には理解できない文字列が並んでいるはずなのだが―何故か読めた。
そしてご主人様の稚拙な文章を理解した。これは
「うんこしてこよ」と彼はライティングデスクを立って。僕はその場に残される。
眼の前にはキーボード。コイツを叩いてご主人様は物語を書いている。
確かコイツをこういう風にすると―
『そして。僕は彼女にこう言ったのだ』うん。打てる。僕の肉球でも打てる。
そこから彼が帰ってくるまでに文章を数カ所書き直して。素知らぬ顔をして椅子に香箱を組んでいたのだが。
「はあ?俺の文章が直されてる?誰が?」
「にゃあ」僕だよ。と鳴いてみて。
「お前が?」と彼は半信半疑
「にゃおん」僕は彼の膝の上に座り、文章を続けて―そのまま書き終えた。
「今、すげー奇跡を目の当たりにした…」彼は口をぱっくり開けてそう言って。
「にゃん」と得意げに鳴く僕。後でこの行為を後悔することになる。
◆
僕がご主人様の代わりに書いた小説はウケてしまった。そこそこの閲覧数と評価を稼いでしまった。
これに味をしめてしまったご主人。それからはずっと物語を書かされ続けた。
最初のうちは楽しかったが、途中からは書かされている、という感覚が身を襲った。
それにご主人様はどんどんウケていく僕の小説を見てコンプレックスを抱いてしまったらしい。あの後自分で書いた小説をポストしたけどウケなかったしね。
気がついたら彼は酒浸りになっていた。その変化は静かに起こり、あっという間に終わった。
「おらあ。飯が欲しけりゃ俺の代わりに書けよ!」と彼は怒鳴り。
「ふな」と僕は拒否の姿勢を見せたけど。飛んできたのは拳で。僕はそれを捉えて噛み付く。
「痛ぇ!!」なんて彼は叫んで。
「しゃあああああ」と僕は威嚇をするけど。
「エサの在処は俺しか知らんし。言うことは聞いてもらうぜ」
◆
「ピンポーン」インターフォンが鳴る。
「ああ?」と酒片手の彼はカメラ付きの受話器を眺めて。「知らないオバハンだ」と吐き捨てる。
「ピンポーン、ピンポーン」インターフォンは鳴り続ける。
「うるせえなあ…はい」
「始めまして。私
「始めまして。で?御用は何でしょうか?」
「近所の方から通報が入りましてね。こちらで猫を飼育しているけど、虐待されているって」誰が通報したんだか。近所の大学生かな。
「そういう事実はありませんが」ご主人は言う。大嘘だ。
「そう言われましてもね。近所の方にヒアリングした結果、あなたのところの猫はしょっちゅう叫び声を上げていると評判ですよ?」
「飯の催促ですよ」
「そんなモノでは済まない声が聞こえてると聞いてます」
「いやあ。迷惑な猫でスミマセンね。気をつけます。それじゃあ、お引取りを」
「いや。今日は―警察の方にも来てもらっています。家に上げて猫を見せてください」
「…」ご主人は黙り込む。警察がセットで来てるんじゃなんともし
この後の話はシンプルだ。
ガリガリに痩せた僕を見て猫の保護団体の女性は虐待が行われているのを確信したらしい。それにご主人の腕に噛み跡がつきまくっているのもよろしくなかった。
僕は猫の保護団体の元に引き取られる事になった。あっという間に。
そしてご主人は警察にしょっぴかれた。動物愛護法違反。
◆
今、僕は保護団体を通じて別のご主人様のところに里親に出されている。
ここの家族は僕を愛情をもって育ててくれている。
ここでの生活は満ち足りている。それは間違いない。
でも。
また文章を書きたくなっている僕がいる。
でもそれをしたらこの生活の何かが変わってしまうような気がするので我慢している。
うずうずする感覚。溢れ出しそうな感覚、それが僕を襲うけど。
とりあえずはおもちゃで遊んでごまかしておくことにする。
◆
『小説をかけちゃう猫』 小田舵木 @odakajiki
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