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終末のガイア

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聞きなれた振動音が響いて、俺の心を突き刺した。

今日はアイツの退院日だ。


山田。そいつと俺の関係はもう16年になる。生まれたときからの幼馴染。一緒にバカをして過ごしてきた。アイツは花火大会を見に行った帰り、トラック事故に巻き込まれて入院。俺が誘った大会だったから、気まずくて見舞いにすら行けなかった。そんな罪悪感に苛まれていた。


「神田にしては気が利くじゃん」

制服姿のそいつは以前と変わらない笑顔を浮かべて佇んでいた。手術で剃られた頭部を隠すニット帽が、残暑の中でその存在を不必要に主張する。

喫茶店の中で俺たちに向けられる視線は多かった。

時刻は10時半。平日の昼間、制服姿の若者が二人。

「視線集めてるね」

そう苦笑いを浮かべるそいつを見て、ズキリと胸が引き裂けた。


「ねえ、神田。やっぱりさ、さっきの『ぶどうのジェラート』ってさ」

事故の後遺症で、山田は文字の認識ができなくなった。最新技術を使って、損傷した脳に機械を埋め込んで補助しているらしい。AI-OCRといったか。聞いたこともない技術だが感謝せざるを得ない。

喫茶店で、アイツは売り切れて取り消し線の書かれたメニューを頼もうとしてしまった。気にしているらしいその横顔を見ると、その新技術が憎たらしく思えてくる。

俺が支える――罪悪感から言ったみたいになりそうで、言葉にはならなかった。


「あのさ、神田。ちょっと買い物付き合ってよ」

なんでも告白されたらしい。手紙で好きと伝えられたのだとか。その相手に会う為の洋服選びに付き合わされたのだ。

「ね、神田。これどう?」

真っ白なワンピース。やんちゃな恰好ばかりしていた山田らしくない選択だった。大昔、髪を短くした山田が同じ恰好を着せられて嫌がっていた。恥ずかしいだなんのと騒いで、親御さんたちを困らせていた記憶がある。

思わずこぼれた感想を聞いて、あいつはそれを買ってしまった。

どうせならもう少し、俺にだけ見せていて欲しかったのに。


「またイルカ見るの?飽きないよね~」

休日、俺と山田は水族館に来ていた。水族館は俺の趣味で、事あるごとに俺たちはここに訪れる。

少しハイテンションな山田は、ちょっと無理をしているようでつらかった。

……告白の手紙は読み違いだったらしい。詳しくは聞かなかったが、これも新技術の弊害なのだろう。安心している自分が嫌いだった。

「あの子たちは変わんないねぇ」

そう黄昏る山田の横顔を見るのは苦しかった。お前も変わってないなんてセリフを吐けたらどんなにいいだろうか。

花火大会の日。俺は山田に告白しようとしていた。直前で怖くなって、早めに帰してしまった結果がこれだった。

山田は綺麗だ。事故の後遺症なんか関係なく、支えてくれる誰かは現れるのだろう。

それが自分じゃないのが嫌だった。でも幼馴染でいられなくなるのも嫌だった。

大好きなはずのイルカが視界に入らなかった。山田の表情が曇る度つらかった。

山田の瞳の中で、二頭のイルカが回り続ける。

「だいじょぶ?具合でも悪い?」

そこに俺の顔が映りこんだ。

――ざぷんっ。

水飛沫が俺たちを襲う。可愛い悲鳴を上げて、山田が倒れこんできた。

「ご、ごめん。たまにバランス取れなくてさ」

山田が腕の中にあった。軽かった。細かった。罪悪感とは別の感情を明確に知覚した。

「ちょ、神田。恥ずかしいから離してよ」

イルカが真っすぐに飛び上がって、投げられた輪を通り抜けた。

観客の歓声が沸いた。

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