善悪問答

鹽夜亮

善悪問答

「生きることは善だ」

「私は必ずしもそうは思わない。何故善だと思う?」

「生きてこそ人はあらゆることを成せる。死は人間から全ての機会を奪い去る。生きている限り、善行を成す可能性はあるからだ」

「確かに死は全てを奪う。だが、善行を成す可能性と共に、悪行を成す可能性もある。芽を摘む、という言葉もあるぞ」

「死は無だ。善も悪も成せない。そこに価値はない。ならば、価値を生み出せる生こそ善だろう」

「では、死後の世界で何もできないと誰が体感した?体感した人間などどこにも生きてはいない。死後に善悪を成せる可能性もある。それに、生きているだけで不利益を振り撒く人間もいるだろう」

「生きているだけで不利益との言葉には同意できない。生きてさえいれば、服も着れば食事もする。たとえわかりづらくとも、必ず経済の歯車を回す。そうであれば、生きているだけで人間はあらゆる人間の役に立っているといえるだろう」

「つまり、生は他者の利益になるから善だと?」

「そうだ」

「道徳の教科書を開いてみれば、中に書いてあるのは経済学か。生を実感する個体そのものの個性やら利益やら、好悪はどう考える?私はそれを尊重する。好悪は、善悪を超越する、と」

「何も高尚な理論を説くつもりも綺麗事を宣うつもりもない。経済という面から見ても生は善だと言いたいだけだ。好悪が善悪を超越するのなら、人の共生は不可能になる。好悪は、あまりにも個体差がありすぎる」

「個体差、か。人間は社会的生物だと言われ続けながら、個性個性と随分騒いでいるな。そして個性の尊重は今や多様性という形で社会的には善とされている。君の理論は、それに逆行していないか?個体差を抑制し、社会の歯車として機能するからこそ、生は善だと言うのなら」

「程度の問題だ。個性の尊重そのものは善だ。だが、過度な個性のみの尊重は、悪というよりも危険だ。悪の温床に成りかねない危険を孕んでいる」

「なるほど。曖昧だ。実に曖昧だが、飲み込もう。最後に問おう。人をただの個体として捉えた時、生は善か悪か」

「その問いには答えられない」

「何故だ?」

「人は、ただの個体としてでは生を全うできないからだ。それは問いにならない」

…………



「あの問答をどう思う?」

「何も」


「ただ一つ言えることは、あの場所は平和だ、ということだけだよ」

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善悪問答 鹽夜亮 @yuu1201

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