夏闇の廃屋、暗い仏間にて

目々

幽霊屋敷で甥を待つ

 仏間がヤバいって話だったんですよ。それはみんな言ってました。


 有名なとこではあったんですよ。幽霊屋敷っていうか、心霊スポットっていうか。普通に廃屋だって言われればそれまでなんですけど、お化けが出る廃屋ならお化け要素を優先させないといけないじゃないですか。

 由来は……これも種類があるんですよ。世代とか学区によって違うっていうか。俺が聞いたやつはあれですねメジャーなやつで、惨殺。家に住んでた老夫婦と、財産とか土地とかで揉めたやつが刃物持って夜中に押し込んで、またお盆で息子や孫が帰ってたけどまとめて寝込みをざっくざく、みたいな。すごい古い話らしいんですよ平成一桁とか昭和とかそういう。俺の生まれる前に色々あったみたいな。


 で、行ったんですよね。

 梅雨の頃でした。バイト先の先輩が、お前今日暇なら家来て飲もうぜって誘ってくれたんですよ。金曜だったんで、明日休みだし大学の課題も今はないから別にいいかって参加したんです。他にも二人くらい知り合いも巻き込んで、帰り道のスーパーで酒とつまみ買い込んでつつましくどんちゃんしてたんですけどね。


 酒も大体飲み切って、飯もあらかた片付いて。それでもやっと夜中の一時ぐらいだったんで──そしたらまあ、言い出しますよね。肝試し行こうぜって。悪い人じゃないんですけど、馬鹿だから、先輩。目の前の楽しみにすぐ負けるんですよね、だから大学二留したんですよあの人。


 その日、夕方までじとじと雨が降ってて、夜になってやっと上がったけど空は一面雲だから真っ暗だったんですよ。買い出しのときから絶好の肝試し日和だって思ってたんだって、先輩テンション上げてましたね。近所の人間に見つかり難くなるから通報されないとか。慣れてるんですよあの人。廃墟とか心霊スポットとか、そういうまともな人が行かないところにちょいちょい首突っ込んで遊んでる。あー……「打ち捨てられ人の支配から逃れた建築にしか宿らないものがある」だったかな。そういうこと言ってましたね。うわごとですよね、こんなもんに俺の脳の容量使わせないで欲しかったな。


 湿った道路を野郎四人がこそこそ歩いて、十五分ぐらいで着きました。近場なのが最悪でしたね。遠かったら諦めたのに。十五分ならまあ、歩きますよ。田舎者は尚更。


 またね、立派なんですよ廃屋なのに。

 見たときの感想、お屋敷だなって思いましたね。俺の親戚中探してもこんな家住んでるやついねえなって感じです。幽霊屋敷に負けるのって複雑ですけど。

 黒木の塀で門柱もあって、前庭の真ん中通ってやっと玄関に着く、みたいな一戸建て。昼間行くと外から見られるんですけど、裏庭も広いんですよ。蔵が二つくらいあって離れじゃないけど小屋も二つくらい置いてあって……そりゃ昔にこんだけ広い敷地にこういう家建てられたら銭も土地もあるよなみたいなことを納得できる作りなんですよ。恨みも買うだろうな、ってのも分かっちゃう。俺は恨む方だろうなってのも推測しちゃう。金ってあるところにはあったんだなとかあり過ぎると死ぬんだなとかそういうこと考えますよ。


 で、酔っ払いでもさすがに圧倒されちゃって。割れたんですよね、どうしても入りたい先輩と、やっぱりやめよう家帰って寝ようみたいなこと言い出すやつと。夜中だからあんまり騒ぐと通報されるんで、長くは悩めませんでしたけど。

 とりあえず折衷案で、玄関までは行こうってことにしたんです。玄関開くかどうか試してみて、駄目だったら帰ろう、縁がないってことだから、みたいな話にして。俺がやりました。だって先輩折れる気ないし、他の連中手遅れなタイミングでビビり出すし。嫌ですね、馬鹿って。勿論俺も含めます。段取りとか計画性とかもっとちゃんと生きた方がいい。


 でも、開いちゃったんですよね。だから行くしかなかった。条件言い出したの俺でしたし。口は災いの元って本当ですね。余計なことしなきゃよかった。


 そんで玄関入って五秒、つうか二択でしたね。

 左手に仏間があったんですよ。だから家入って右左、どっち向いたかで決まりました。

 俺だけ、左向いちゃったんですよね。だから、まともに見ました。


 襖が開いてて、真っ暗なんですよ。でも、仏間だって分かった。

 最初に言いましたけど、ヤベえのが仏間なんですよ。仏間にヤベえのがいる、それだけはどんな噂にも共通してたんですね。

 廃屋なんですよ。そんで、真夜中なんです。そんなところに明かりも点けずにいるやつなんて、ヤベえに決まってるじゃないですか。。そういう話がある場所なんで。


 俺はそいつを見ました。そいつも俺を見ました。だから、俺、仏間に行ったんです。


 仏壇と押し入れが奥の方にあって、真ん中にデカい平机が置いてありました。机の手前、座布団があったんですよ。そこに座るとちょうどそいつと──叔父さんと机を挟んで向かい合う形になりました。叔父さんだって思ったんです。なんですかね、鳩見たら鳩だって思うじゃないですか。そんな感じで、そいつを見たら叔父さんだと俺は思いました。

 部屋真っ暗なのに、叔父さんのことはよく見えました。髪、こう緩いウェーブみたいな感じで。顔とか結構色が白くって、この人あんまり外出ないんだろうかって思いました。

 服だけ真っ赤でしたね。血染めとかじゃなくて、ムラも模様もなく、真っ赤。いつもながらすげえ服着てんな叔父さん、って思いました。


 しばらく向かい合って黙ってました。俺は待ってました。叔父さん、俺に用があんのは分かってましたから。済んだら帰してくれるなってのも。分かったんで。


 まっ黒い目がしばらく俺を見て、すっと手が上がりました。何だろうって思ってたら、指先が唇の前に一本押し当てられて。よく子供にやるじゃないですか、ちょっと静かにしててね、みたいなやつです。

 手元に板みたいな物が見えました。しばらく見て、タブレットだなって分かりましたけど。画面が点いてるから、叔父さんの顔がぼうっと明るくなってた。指先でするする、何度も画面を撫でてました。

 叔父さんなんか見てるんだな、って納得しました。頷いたら、叔父さんちょっと顔を上げて、俺の方見てうっすら笑いました。なんかこう、眉を寄せて、しょうがないよなあみたいな表情。俺も頷いたと思います。だってどうにもできないなってことだけ、お互いによく分かったんで。

 叔父さん、タブレットを机に伏せてから溜息をつきました。それがすごく……なんだろうな、ごちゃごちゃしてました。諦めたときみたいな、やることが済んだときみたいな、そういう色んなものが混ざってるやつでしたね。


 で、仏間を出ました。そういう頃合いだって勘づいたんで。玄関に揃えて置いた靴履いて、ちゃんと仏間に手振ってから玄関の戸を開けました。


 外に出たら、先輩たちが駆け寄ってきました。

 なんか俺が家に上がった途端に、めちゃくちゃ怖くなって回れ右して家出たんだそうです。とてもじゃないけど顔上げらんない、それどころか一分一秒でも長居したくない。

 そうやって玄関から三人転がり出て扉閉めて、でも置き去りって駄目じゃんって我に返って開けようとしたら全然開かない。

 さすがに蹴破るのはほら、倫理的に無理ですし。だから家からなるべく離れて、門柱のところで待ってたんだそうです。三十分待って来なかったら腹くくって警察呼ぶ気だったそうです。


 帰りの道中、誰も喋りませんでした。俺は……叔父さん、口元にほくろがあったなとかそういうこと思い出してました。指先でこう、静かにってやったときですね、やけにそれが目についたんですよ。顔が白かったんで、尚更。


 おかしいとこ、分かります。俺もちゃんとおかしいこと言ってるって分かってます。ただ、あの夜あの仏間に居た時は、心の底からそう思ってたんです。


 あれは俺の叔父で、俺あの人に伝えないといけないことがあったんですよ、でもそれを忘れてたから、あの人ずっと待ってるしかなかった。

 俺なんかを信じてくれてたから、だから叔父さん、こんなところでこんなになってしまったんだ。そんなことばかり、ぐるぐる考えてました。


 分かってますよ。おかしいですよね。そもそも

 大前提、俺の父も母も一人っ子なんで叔父なんていないんですよ、幽霊屋敷と関係だってない。今はそうやって答えられます。でも、あのときは駄目だった。あのときは俺確かに、あの仏間に居る人の甥で、あの人は俺の叔父でした。そういう人間として、あの仏間に居たんです。


 その後、ですか。

 いや、夢枕とか変な物音とかそういうのはないんですけど、メッセージが届いてます。俺のSNSのアカウント、昔付き合いで作ったやつがあるんですけど、それいつの間にかフォローされてて。相手鍵なんですけど、俺いつの間にか認証されてて。


 連絡くんの、月に二回ぐらいですね。届く日付とか曜日は結構まちまちだと思います。俺があんまりまめに確認しないせいもありますけどね。最近は見るようになりました。通知飛んでくる頻度が増えたんで。

 相手のアカ名は、ちょっと。いや……読めない? んですよね。見るたびに変わってるっていうか。ユーザーネームは変わんないんですけどね。名前んとこ、記号とか混ざってたりするんですよ。名字っぽいのと、名前っぽいのとぐらいの体裁はなんとかなってるんですけど。


 アイコンの画像がね、畳と端っこに布なんですよ。たぶんあの仏間の畳と、座布団だと思ってます。仏間だって、俺には分かります。


 メッセージ、読んでます。たまに変な単語、っていうかそんな単語ねえよみたいなやつが混ざる以外は普通の……親戚からくるような内容ですね。近況報告、とかこっちに対しての──親愛みたいな、ものが、多分ある感じの文章。字数多くて、みっちりしてるんですよ。幾つかに分けて、上限ぎっちりのやつが届くんですよ。


 返事は、ずっと書きそびれてるんです。読んでるだけでも本当はヤバいんだろうってのも分かってます。でもブロック拒絶すんのもなんかできなくって……だからこうやって知らんふりしてるんです。けど、それだとすごく──悲しいってのも分かってて。

 どうしようかって、俺まだ迷ってるんですよ。あの夜からずっと。

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夏闇の廃屋、暗い仏間にて 目々 @meme2mason

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