第2話・戦慄の人肉館

 浅間温泉の山中にある、ジンギスカン料理を客に提供している焼肉店の店主は、厨房で頭を抱え悩んでいたのでございます。


「お客が来ない……このままだと、店が潰れてしまう」

 厨房の椅子に座った店主は、磨かれた調理器具を眺めてタメ息を漏らすばかりでございます。

「肉を仕入れるにも金がいる……美味い肉は仕入れ値がかさむ、どうすればいい?」


 経営悪化の八方塞がりで悩んでいた店主のところに、店主とは旧知の関係で、干し肝を売った帰りに立ち寄った峠の肝取り山賊が厨房に入ってきて店主に話しかけたのでございます。


「どうした? 沈んだ顔をしているな……店は開けないのか? 飯を喰いに立ち寄ったんだが?」

「あんたか、あぁ今日は気分が乗らないから休みだ」

「話してみろ、力になるぞ……旧知の仲じゃないか」


 店主は経営が悪化していて、このままでは一家心中もあり得ることを、肝取り山賊に伝えたのでございます。

 店主の話しを聞き終わった男は、しばらく考えてから。

 ある提案を店主に、してきたのでございます。


「こちらも生活があるから、タダで譲ることはできないが【山にいるモノの肉】が手に入った時に安値で売ってやる」

「本当か」

「あぁ、獲物次第だがな」

 焼肉店の店主は、交渉を持ちかけてきた男が、峠で恐ろしい所業を繰り返しているとは知らなかったのでございます。

 店主は男の風貌から、獣の肉を提供してくれる親切な猟師と信じて……肝取り男の交渉を承諾してしまったのでございます。


 数日後──男は焼肉店に【山にいるモノの肉】を持ってきたのでございます。

「約束通りに肉を持ってきた──肝臓を抜いた他の臓器は傷みやすいから、山に捨ててきた」


 少し血が滲んだ、木箱に殺菌と防腐効果があると言われている杉の枝葉と一緒に入れられていた、解体された肉塊を見た店主は。

 獣の皮膚とは明らかに違う、のっぺりとした肌色の表皮になんの肉なのか気づいたのでございます。


 恐怖に震えている店主に男は、こう言ったのでございます。

「見てしまって、気づいてしまって、知ってしまった以上は、もう後戻りはできないぞ……この肉を店で客に喰わせろ、店が潰れてもいいのか」


 焼肉店の店主は、自責の念と。罪悪感にさいなまれながらも、家族のために男から人肉を購入して客に提供してしまったのでございます。


 出された肉が人肉とは知らない、子供を連れた家族客が「美味い、美味い」と人の肉を焼いて食べているのを厨房の中から横目で見ながら、最初は良心の呵責かしゃくを感じていた店主ではございましたが。

 やがて、人肉調理を重ねていくうちに罪の意識も麻痺まひして。

 精神に変調をたしていったのでございます。


「ひひひっ、肉だ……これは、少し変わった獣の肉だ……処理をして客に出せば何の肉かはわからない……ひっひっひっ」

 狂気に落ちた店主は人肉をお客に、食べさせ続けたのでございます。


 その後──後世の地域で『人肉館』と呼ばれるようになった焼き肉の施設店は。

「狂った店主が家族を惨殺して、自分も首を吊って死んだ……もしくは、死にきれずに狂った頭のまま精神病院に隔離された」


「家族までも殺して店で出す肉にしてしまって店主が、発狂してどこかへ行ってしまった」


「罪の呵責に耐えきれなかった店主が、一家心中を図った」


「強盗が押し入り一家を襲って惨殺した」


 などのさまざまな噂が松本の地に広がり、今は閉店してしまった『人肉館』は有刺鉄線が張られた廃墟の敷地だけが残る、地域の伝説となったのでございます。


 峠の人肉館~おわり~

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峠の人肉館 楠本恵士 @67853-_-

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