最後の経験

 頻繁にあう金縛り、誰かが乗っている様な感覚や足首を掴まれて引っ張られるなど、十代の私はこの様な事に日常的に悩まされておりました。


しかし、どの体験も


 どうせ夢でしょ?


と言われれば強く否定は出来ません。私一人しか経験していないので、眠っている間の出来事と言われてしまえばそれまでです。


 これは私が金縛り等に悩みながらも日々を過ごして、迎えた十九歳のある日の出来事です。


 十九歳のとある日、私はアルバイトに向かう為に地元の道を歩いておりました。時間は午前九時頃ではなかったでしょうか。


 皆様のお住まいの所にも、由縁も何も知らない様な小さなほこらが有ったりしないでしょうか。

私がアルバイト場所までの道中にもそんなほこらが有りました。


ただただ立派な松の木に囲まれた場所に、小さな鳥居と小さなほこらが鎮座していましたが、特に気に留める事もなく日常の風景の一つ程度の認識でした。


 その日、そのほこらの横を通り過ぎようとした時に見慣れない景色が視界に入りました。

鳥居の横に托鉢僧たくはつそうが立っていたのです。


托鉢僧を知らない方の為に


僧侶が鉢(お椀のようなもの)を手に持って外を回り、金銭や食料などをいただく行為をいう。


という一文を転載させて頂きました。

つまるところ修行中の僧侶の方。鈴を鳴らしながら行脚あんぎゃをし、日々の糧を得る修行をされていると私も認識しておりました。


 こんな所に珍しいな。

私はそんな事を思いながら横目に通り過ぎました。


そしてアルバイトを終え帰宅し、そんな事をすっかり忘れて迎えた夜の事です。


当時私はとあるテレビ局で月曜日から金曜日まで日替わりで放映されるバラエティー番組を観る事が習慣になっておりました。

暗くした部屋でそのバラエティーを観ながら眠くなるのを待つ、というのが日課でした。


ですので時間もはっきりと分かります。

十一時十五分から零時五分の間の出来事です。


ベッドに横になりながら暗い部屋でテレビを眺めておりますと、どこか遠くでチリーンという音が聞こえた気がしました。

遠くの車の喧騒や、救急車などの音かなと聞き流しました。


しかし、しばらくするとまたチリーンと聞こえます。


何事かと耳を澄ましました。テレビをミュートにして音に集中します。


チリーン、チリーン


やはり鈴の様な音が聞こえます。

はじめは途切れ途切れだった鈴の音が次第に一定のリズムで鳴らされる様になりました。


チリーン、チリーン、チリーン、チリーン、チリーン


感覚を空けずに鳴るその音は、段々と大きくなって聞こえてきます。


もしかして近づいて来てはいないか?


そんな事を思っていました。


耳を澄ます私の意識は音に集中します。

やはり近づいて来ています。おそらく私の家の前の通りまで来ています。

そして次第に大きく聞こえる鈴の音に、私の顔からは血の気が引いて嫌な汗がじわりと出ました。


次第に近づく鈴の音がいよいよ私の家の前まで来ます。


一拍の静寂の後に


チリリリリリリリリン チリリリリリリリリン


鈴を止めること無く鳴らし続ける音が私の家の前から聞こえて来ました。


私は「まずいまずい」と思い隣の姉の部屋へ行きました。

寝ている姉をお越しながらカーテンから外を覗きました。


するとそこには、私の部屋を見つめながら鈴を鳴らし続ける托鉢僧たくはつそうが暗闇に立っていました。

何が何やら訳が分からない私はとっさに、部屋に居ることが認識されているのがいけないのではと思い至って、自室のテレビを消しに行きました。


姉の部屋に戻り、起きた姉に成り行きを説明しました。二人で怯えながら外をうかがいます。

灯りの溢れなくなった私の部屋を見つめながらまだ鈴を鳴らしています。


あまりの恐怖心から姉と抱き合い「ヤバいヤバい」と言う言葉が止まりませんでした。


そしてしばらくすると鈴の音が止みました。カーテンの隙間から外を確認すると托鉢僧たくはつそうの姿は無くなっていました。


もはや目を閉じる事すら怖くなっていた私はこの日は姉と二人で眠りました。


 くれぐれも誤解なき様にお願いしたいのですが、托鉢僧たくはつそうを悪く言いたいとか、印象を悪く伝えたいと言った事は毛頭ありません。


姉と私の解釈では、この世ならざる何かが托鉢僧たくはつそうの姿をして私を訪ねて来たのではないか、というものでした。


 兎にも角にもこの経験を最後に私の不思議な体験は二十歳を期にピタッと無くなりました。

それまでが嘘かの様に何事も起こらなくなりました。

この様な経験を人に話すと「それなら幽霊とかもう怖くないでしょ」などと言われる事が多いですが、未だに人一倍怖がりなのはこういった経験が有るからこそなのかもしれません。


 見えないものが見えたり、感じ得ないものを感じた私の十代のお話でした。

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私の十代の頃のお話しをさせて頂きます 花恋亡 @hanakona

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