下
それから、俺たちは山には行かなかった。
最初は普通にゲームしたり、小学校のプールに行ったりしたんだけど、だんだん人数が少なくなっていった。
みんな具合が悪いからって来なくなったんだ。
大食いの従兄弟も素麺くらしいか食えないようになって、寝込んじゃってさ。
爺さん婆さんは「夏風邪が流行ってるんだろうね」って言って、俺をあまり外で遊ばせなくなった。
あとは図書館で本を読んだりして、東京にいた頃とあんまり変わらないように過ごしてたんだ。
夏休みも終わりに差し掛かったとき、従兄弟の友だちのひとりが死んだって報せが届いた。一番虫を獲った奴だった。
田舎の葬式は盛大だったよ。
村総出でデカい家に鯨幕張って、女たちが半狂乱になってる母親を宥める係で、男たちが木の祭壇みたいなのを作って。
子どもはちゃんと小さな喪服を着てくる奴と、七五三で買った服のまんまじゃないかっていう、丈の短い子ども用のスーツを着てくる奴と半々だった。
みんな暗い顔で窮屈な服着て、ランニングシャツで駆け回ってるときと別人みたいだった。
子どもはやることないから遊んでろって言われてもそんな気分じゃなくてさ。
死んだ奴らの庭で集まってぼんやり座ったりとかして。
そのときにはもう赤とんぼが飛んでた。隣に座った従兄弟がぼそっと「ちゃんと虫獲ったのにな」って呟いて、俺は頷くしかなかった。
その後、死んだ奴の親戚かどうかは知らないけど、若い男が俺たちに寄ってきてさ、内緒話みたいに言ったんだ。
「君たち裏山に入ってないよな?」って。
俺と従兄弟は内心真っ青になりながら「行ってないです」って答えるしかなかった。
その男は俺の隣に座って、子どもの横で堂々と煙草に火つけた。
「そうか、やっぱりなあ、祟りとかないよなあ」って。
よせばいいのに、従兄弟が「でも、裏山の祟りって虫をお供えすればいいんですよね?」って言いやがって。
そうしたら、男は目を丸くしてさ。
従兄弟が「大昔、虫が好きだった男の子が沼で溺れて死んじゃってって話ですよね?」って聞いたら、男は煙を吐きながら首を捻ってた。
「いや、違うよ」って。
「あそこの裏山は気性の激しい守り神がいるから猟をしちゃいけないって昔から言い伝えがあるんだよ。実際山菜とかカブトムシとかを持ち帰った程度でもひどいことになって死んじまうんだって。大昔の話だから迷信だと思うけどな。本当は毒草とか獣とかがいて危ないからそういう言い伝えにしたんじゃないか」
って、男が言って、俺と従兄弟は顔を見合わせた。何だよ、全然違うじゃないかって。違うどころか、俺たちのしたこと相当まずいんじゃないかってな。
俺が男に「じゃあ、子どもが溺れ死んだのは?」って聞いたら、何故か従兄弟がすごい形相浮かべてさ。
男はそれに気づかなくて、
「子どもが沼で溺れて死んだのは二、三年前の話。ここの子なら誰でも知ってるよ。度胸試しつって裏山に入って沼に落ちて死んじゃったんだよな。周りから浮いてる子だったから、いじめじゃないかって話題になったけど」
って、空の缶コーヒーに吸殻捩じ込んで腰を上げた。
従兄弟はつんつらてんのスーツの裾を引っ張りながら俯いてた。
そうしたら、背後に視線感じてさ。
振り返っても、最初はわからなかったよ。髪も真っ黒に染めて、黒いワンピースの喪服着て、別人みたいだったもんな。
でも、あの笑顔だけは一緒だった。
死んだ子の棺が置いてある部屋から顔を覗かせて、あの女が膝立ちでこっちを見てた。
従兄弟が親に呼ばれていなくなって、しょうがないから、俺はあの女に会釈してさ。
そうしたら、女は最初にあの山で会ったときみたいに俺のところに寄ってきて、肩をぐっと押して、小さな声で囁いた。
「あの沼で死んだの、私の弟なんだ」って。
それからの葬式は記憶にない。
ただ、母親が退院して、父親が迎えに来て、東京に帰る日、俺はひとりで裏山に行ったんだ。
あの沼を確認したくてさ。
まだ明け方で、女はいなかった。
葦に囲まれた沼地に出て、玉虫色の沼を見渡したとき、やっぱり地面に突き刺さってる細い木の板があった。
目を凝らしてみたら、アイスか何かの棒なんだ。しかも、最近コンビニで売り出したばっかりのやつ。
大昔のものじゃ全然ないんだよ。
思わず近づいて屈んで見た。見なきゃよかったって思った。
死んだ奴の名前が、女の字で書かれてたんだ。
それから、祖父母が死ぬまでに何度か田舎に行ったけど山には近寄ってないし、女にも会ってない。
今頃どうしてるんだろう。
もうあいつらも虫取りするような年じゃないから、今度は別のところで、別の罠を仕掛けてるのかもな。
蟲媒夏 木古おうみ @kipplemaker
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