第七話 あらみたま 3
月日が経ち、夏が過ぎ、秋がやってきた。
青葉が縁側でぼんやりしていると、穂波とすりーぷが、ひょっこり現れた。
「おう、青葉! 久しぶり~」
『ごきげんよう~』
「穂波。いきなりやな」
「三連休やから、こまっちゃんの様子見にきたで」
穂波は片目をつむってみせる。
「寒っ! さすが田舎。まだ十月やのに、寒すぎやろ」
「文句言いな」
大袈裟に身を震わせる穂波を見て、青葉は呆れて肩をすくめた。
「で? 肝心のこまっちゃんは?」
「さっきまで、おってんけど」
立ち上がった瞬間後ろから突き飛ばされ、青葉は前につんのめった。
「やいやーい」
おかしそうに笑って飛び跳ねるのは、小町だった。
「おうおう。心が子供に戻ったとは聞いたけど、こんな悪戯っ子やとは」
穂波は明るく笑った後、しみじみと呟いた。
「でも、元気になって良かったわ」
小町の神を消してから穂波が大阪に帰るまでは、小町は始終ぼんやりとして口も利けない状態だったのだ。
ちなみに小町の中にいた胎児は跡形もなく消え失せ、医者はしきりに首を傾げていた。
「お兄ちゃん、誰?」
「俺は、双神穂波やで~。青葉のイトコや」
「いとこ?」
小町は首をひねっている。
「ま、ええわ。神さん遊ぼー」
『はいはい』
『んだんだ』
双つ神を引き連れ、小町は家の奥へ走っていった。
『ぼくも、付いていこっと~』
面白そうだと思ったのか、すりーぷも行ってしまった。
「あれ、何歳くらいなんや?」
「精神は六歳くらいって、医者は言っとる。徐々に、姿に合わせて年相応に戻っていくやろ……ってのは神さんの見解」
「へええ」
青葉の説明に、穂波は素直に感心していた。
「記憶は、あるんか?」
「幼児期の記憶が、少し残っとるらしい。上手くいけば、他の記憶も戻るかもって」
「良かったなあ!」
穂波は万歳した。
「でも、そいなたくさんやないって。〝知識〟は戻っても、〝思い出〟が戻らんそうや。特にここに帰ってきてからのは、まず戻らんらしい」
「何でや?」
「神とのつながりが深かった時期やけん、そこは修復不可能なくらい砕けてしもたんやと」
双つ神から聞いた話なので、青葉も抽象的な説明しかできなかった。
「ほんなら、お前との思い出ほとんどないってことか」
「ん。でも、ええんよ。俺は覚えとるし。思い出はこれからでも、作れるやろ」
青葉は朗らかに笑った。
今、小町は休学状態になっているが、また大学にも通えるようになるだろうと、青葉は楽観的に考えていた。
「せや、穂波。もうすぐ花火があるんよ」
「花火ぃ!? 時期外れすぎるやろ!」
「何かな、村の人たちが小町を村八分みたいにしたこと、反省したらしくて。小町のために何かしてやりたい言うけん」
青葉は発案者の顔を思い出す。素直な言い方ではなかったが、それも彼らしかった。
「小町は、花火見たい言うてな。幸い花火職人もおるしな」
「へーっ。いつなんや?」
「来週」
「せやったら、それまで俺もおろっと。少しくらい学校休んだって構わへんやろ」
穂波は気楽に決断し、荷物を乱暴に家の中に放った。音を聞き付けたのか、小町が出てきて縁側に置いてあった草履を履く。
「穂波兄ちゃん、遊んでー」
「任せいっ! 俺は遊びにかけては銀河一やで!」
じゃれる二人を見て、青葉は穏やかに微笑んだ。
そして、花火が打ち上がる夜。青葉と小町と穂波、それに神々は双神家の庭で待機していた。
青葉は夜空を見上げて、ほうっと息をつく。
「花火が映えそうやなあ」
そこへ足音がして、皆は一様にやってきた人物を見やった。
「蘇芳」
青葉が目を丸くする。
「おう。もうすぐ始まるらしいぞ」
「ほうな。小町、蘇芳やよ。この人が、花火の発案してくれたんや」
青葉に後ろから肩を叩かれ、小町ははにかみながらも蘇芳に向き合った。
「怖い顔のお兄ちゃん、ありがとう」
「あーっはっは!」
思わず手を叩いて大笑いした穂波だったが、蘇芳に睨まれたので顔を背けて咳払いしていた。
「すまんな、蘇芳」
青葉が苦笑して謝る。
「別にええけど」
とは言ったものの、蘇芳は面白くなさそうな顔をしていた。
「そしたら、俺は帰るけん」
「お前も、ここで見てったら?」
「……やることもあるし、遠慮しとくわ。またな」
青葉は首を傾げて誘ったが、蘇芳は手を振って行ってしまった。
蘇芳が行ってからしばらくして、花火が打ち上がった。
「うわあ、きれいー!」
喜んでいる小町の横顔を見て、青葉はホッと安心する。
「た~ま~や~」
すりーぷが間延びをしたかけ声を発し、穂波がこらえきれずに笑っている。
平和そのもの、という光景に青葉は目元を和ませ空を仰いだが――急に小町が呟いた。
「……あたし……」
小町は、呆けたように花火を見つめている。
「小町?」
小町の目から、涙がこぼれていた。
「あたし、何か忘れてるんかな……」
突然の呟きに、青葉と双つ神は顔を見合わせる。
「思い出さないかんのに。頑張らないかんのに」
しばらく、沈黙が落ちた。彼女の持っていた強迫観念めいた考えは、幼児期に根ざしていたものだったのだろう。
「小町、そうやないよ」
青葉が力強くそう言ってやると、小町は涙に濡れた顔で青葉を振り向いた。
「頑張らないかん、のやない。頑張りたい時は頑張ったらええ。でも、いつもそうやったら疲れてまうやろ? 休みたい時は休まな。な?」
「……うん」
小町は、微笑を浮かべる。
「今、小町はゆっくり休んで心を作る時なんやけん。ゆっくり進んでったらええよ。焦らんと」
「うん!」
「俺らと一緒に、な」
青葉がそう付け加えてやると、小町は安心したように微笑んだ。
『――二人を見守ったろな、ミナツチ』
『んだ、カザヒ』
彼らを優しく見つめながら、少し離れた場所で双つ神は呟いていた。
【完】
わしらはかみさま 青川志帆 @ao-samidare
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