肝試し

あの夜の真相

子どもの頃のことです。

小学校の4年生のこと。

仲のいい友達が集まって、夏休み、わいわいにぎやかに。

きっかけは何かは忘れましたが、肝試しをしようということになりました。

山野神社のやしろを一人ずつ一周。


他愛ないものです。


ないしょ、ないしょ。


子どもの遊びですから、大人にはいわない。

みんなであの子のうち、この子のうちにお泊りすることにして。

子どもだけで夜に集まって。

こっそり秘密の遊び。ドキドキ、ワクワク。

最終的には近所のお兄さんが付き添うことになりましたけど。

脅かし役はお兄さんになって。


楽しかった。


こわい、こわい。

震えて、肩を寄せ合って。


それだけで楽しかった。


別に何事があったわけでもありません。

神さまにもちゃんと最初に「お騒がせします」とお参りしました、みんなで。


肝試しといっても、楽しい思い出でした。




「え? あんた、何いってるの!」


同窓会。

今でも仲がいい明日美あすみちゃんは、目をむいて驚いた顔。

懐かしい、肝試しの話題になった時。


「そっか。覚えてなかったか。そういうことか……」


な、なに、こわいよ?

教えてよ、ねえ?


うーん、と唸ったあと、あっちゃんはちらりと私と、私のとなりを見て「今ならもう、大丈夫か」と、話してくれました。


「まず、あんたがいう、お兄さんって、誰? 何者なの?」


え、だって、あっちゃんだって知ってるじゃない?

あの、お兄さん……。


「知らない。私は、知らない。だいたい、近所だろうが何だろうが、お兄さんに付き添ってもらおうって、なんで小学生が声をかけられる?」


私はぞっと、背に冷たいものが走りました。


「あのときって、女子ばっかりだったでしょ?」


そうそう、男子のほうがビビっちゃって、ほとんど来なかった。


「だから、まあ……、そういうことじゃない?」


思い出した。


きっと私、お兄さんに最初から目をつけられていたんだ。

ねっとりとした視線、よみがえってくる。

多分、私はあまりの恐怖になかったことにしていたんだと思う。

あの夜の、あの時のことは心の奥に押し込めて。

楽しかったことだけを抜き出して。

私は忘れていた。

忘れようとしていた。


その瞬間、私は怖くてしゃがみ込んだ。


お兄さんが黒い大きなオバケに見えて。

実際、なんかそんな仮装はしていたんだと思うけど。


覆いかぶさってきた。

黒いシーツみたいなものが。

荒い息。

暑い夏に汗。ぽたぽた垂れてくる。私の顔に。

生臭い。

ギラギラと、暗いなかでも光る目。

檻のなかにいるみたい。夜の闇がさらに暗くなって。

静かな夜が、さらに耳が痛くなるほど静かになって。

きゅって、心臓がつかまれたみたい。痛い。


私はもう、声を出せなくなっていた。


「やめろ!」


後ろから男子が一人、来てくれた。

次の順番の子。

唯一の男子だったような気がする。


その声にみんなも駆けつけてきた。


そうだ。

お兄さん、名前も知らない。

ううん。顔も覚えていない。

忘れようとしていたんだ。

そんなことがあったから。

助けてくれた男子も、覚えていない。

今更だけど、お礼、いいたいな。


「あの時のことは、あそこにいたメンバーだけの秘密になった。あんたはずっと気絶していたけどね」


どういう、こと?


「男子が駆けこんだときにはみんな動けなかったんだけど。あんたの泣き声と、男子の必死な声でみんな我に返って、社の裏手に走ったのよ。そのときにはもう、何も、誰もいなかった。気を失っているあんたを、男子が必死に介抱しているだけで」


え、じゃあ……。

捕まっていないの?

警察には?


「いえるわけないじゃない」


そっか。

そういうことか。


そうだよね。お父さんとか、お母さんとかにいえるわけないもん。

危ない子どもだけの遊び、大人にもないしょだったから。

怒られるもんね。


あっちゃんはでも首を振った、白い顔で。


「多分、あんたが思っていることと違う。私たちはね、あのお兄さんはもう逃げてしまったんだってことにしたの。駆けつけた時、森の中へ黒い犬みたいなものが走っていった。ハッハッ、て、荒い息もしていた。暗闇にすぐ紛れてしまったけど、みんな見たし聞いた。お兄さんなんていなかった。もう、あんたと、男子しか」


遠くを見て、こわいものを思い出したように身震いして、あっちゃんは。


「逃げたんだ。お兄さんは悪いことをしたから逃げたんだ。ここにいる、あの時に集まったのにも聞いてみなさいよ。そうとしかいわないから。あのお兄さん、私も今でも誰か知らないし、顔も覚えてない。……誰が呼んだのかも知らない、それも追及しない。あのお兄さんは逃げたんだ、それでもういいって」


え?


「今でも私、山野神社に夜、行けない。初詣だって、昼間にしか行けないよ」


つまり? え?!


「もう、これ以上は……。ごめん」


そっか……。

私こそ、ごめんね。

それでいつも、山野神社の初詣、夜だとあっちゃん、断っていたんだね。

私は覚えていないから行けたんだろうなあ。

のんきだよね。


「ま、あんたには一途なナイト様がいるからねえ」


今度は一転、ニヤニヤしてる、あっちゃん。


「あの男子、誰か覚えてる? ああ、覚えてないんだよね、今の口ぶりだと。私はね、落ち着いてから問い詰めたんだ、あいつに。なんであのときって? よく飛びつけたよねって。だいたい、女子ばかりのなかによく……。なんか様子がおかしいから白状させた」


なんていったの?


「好きな子のこと、守ろうとするのは当然だろうってさ」


私のとなりをちらりと見て、あっちゃんは。


「ああ、頼るなら神さまよりも身近な男子ってことよね。私も欲しいなあ」


ねえ、何のこと? 小林君。


なんで、耳まで真っ赤にして顔を背けるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

肝試し @t-Arigatou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ