ファンタジーリレー小説企画「あじさいふわふわ」
みそささぎ
本文
婆様が亡くなる直前、あるモノを託された。それはアンティーク調の鍵で。
「この鍵は貴女の宝物を見つける手助けになるわ。私の家で探してごらん」
婆様は皺々の手でボクの両手を包んでそう言った。純日本風の婆様の家にこの西洋風の鍵が使えるところがあるとは思えない。でも、あの言葉が頭に残る。
「ここは秘密の部屋、今の貴女が入ってはいけないわ」
ボクが子供の頃、婆様の言いつけで入室できない部屋があった。今になって思い返せば、その部屋の扉だけは何故か西洋風の扉だった。
けれど、どうにもその扉の場所を思い出せない。まるでその部分の記憶だけがすっぽりと抜け落ちたかのように。
仕方がないので婆様の家をしらみつぶしに探して回るが、どこにも見当たらない。ボクは疲れ果てて、気が付けば眠ってしまっていた。
「ねぇ。」
誰かに声を掛けられる。
「ねぇってば。」
「え……?」
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がると、
「やっと起きた!早く行こうよ!」
そこには見知らぬ少女がいた。
混乱するボクをよそに、少女は屈託ない笑顔を向ける。婆様が亡くなった後、この家は無人のはずで…。じゃあこの子は一体どこから入ってきたんだろう?
玄関の鍵を閉め忘れたっけと考えるけど、答えなんて出るわけもなく。寝起きということも相まってボクはぼんやりと少女を見るしかできなかった。
「キミのこと、ずっと待ってたよ!」
少女はそう言うとボクの手を引いて走り出す。初対面のはずなのに、ボクは不思議と彼女の手に懐かしさを感じる。嬉しい時も悲しい時も、ボクの手をそっと優しく包んでくれた温かさ。忘れもしない、この手はきっと――。
少女に手を引かれ、ボクは思いを馳せていた。
駈け出した先には、純和風の婆様の家に居てはお目にかかれない景色が広がっていた。小さい頃に遊んだ公園、昔連れて行ってもらった海、お話を聞きながら回った水族館。どれもこれも婆様との大切な思い出の場所だ。
まだ幼く、朧気な記憶も、不思議とその景色はボクの記憶の一部であると確信を持てた。
「懐かしい…」
「驚くのはまだ早いよ!」
くるりと振り返った少女は無邪気に笑ってボクを見る。いつの間にか、目線が彼女と同じ高さになっていた。ボクは大人で彼女は子供のはずなのに。
「目的地にとうちゃーく!」
じゃーんと言いながら彼女が示した先には、アンティーク調の扉があった。
「ここは秘密の部屋。キミがずっと探していたものでしょ?」
扉の前に立つ少女は屈託のない笑顔でボクに言った。扉の向こうに何があるのか、彼女はきっと知っている。
「ねぇ、早く早く!」
ボクは少女に促されて扉へ鍵を挿入する。解錠の瞬間、その向こうを想像したボクは胸の高鳴りを抑えられなかった。
自らの鼓動を感じながらも、鍵はガチャリと言う音を立て、ゆっくりと回る。開く扉からは光が零れ出し、全開になった瞬間、視界は白く染まった。長いようで僅かな白光は次第に穏やかになり、目を開けるとそこには婆様がいた。
もう二度と会う事も、言葉を交わす事も出来なくなった、大切なその人が。
「婆様……?」
「ふふ……いらっしゃい」
いつものように優しく微笑むその姿に、胸の奥から熱いものがこみあげてくる。
言葉を失うボクを見て婆様は手招いて、目の前の椅子を示した。婆様の前にはアフタヌーンティーのセットがあった。
「こういうのに憧れてたの。さあ、お茶をしながら話を聞かせて?」
「婆様、会いたかった!」
婆様は慣れた手つきで紅茶を淹れてボクを迎えてくれた。思えば、生前の婆様はこんな感じでいつも煎茶を立ててくれていたものだ。婆様とのティータイム、もう叶うことはないと思っていた。婆様と過ごす温かいひととき、それがボクの探し続けていた宝物だ。
ファンタジーリレー小説企画「あじさいふわふわ」 みそささぎ @misosazame
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