第9話 予想された結末


「まあまあな家ですね」


「半年以上かかりましたが」


「しかも、出してたみたいだし。まあ働いていたので勘弁してあげましょうか」


「デリカシーをサザライト王国に置いてきたのか、お前らはーっ!!」


 相変わらず、わちゃわちゃする四人を呆れた顔で眺めながら、マドカは幸せそうにお腹を撫でた。そこには新たな命が宿っている。


 なるほどねぇ。そういうことか。


 彼女の中に命が宿った瞬間、ほんのり温かな光が灯り、しばらく前に元王太子と側近らの度肝を抜いたのだ。


 伝承にあるとかいう聖なる光。


 そして彼らは神殿からもたらされた神託の正しい意味を理解した。


『聖女となるモノが降臨しました』


 者でなく、モノ。つまりそれはマドカに内包された原子卵細胞。タマゴだったのだ。

 彼女自身が聖女であるのも間違いではなかったが、こうなることを女神様は見越していたのだろう。万一のための蜘蛛の糸をも用意してくれていたようである。


 アタシがサザライト王国に絶望して出奔することもお見通しだったとか? すいません、女神様。


 心の中だけで謝るマドカを空から見下ろし、女神様はうっそりとほくそ笑む。


 《実際には違うのだがな》


 女神様が神託で伝えた聖女はマドカで間違いない。ただ、とうのマドカの決断を尊重したに過ぎないのである。神託とは迂遠で難解なモノ。それは、こうして変化させられるよう仕組まれたアナグラム。

 どのようにも解釈可能で、結果、ああ、こういうことだったんだなと人々に納得させるよう出来ている。


 今回、マドカは聖女をやめる決断をした。その力を使って王宮から逃げ出す決断を。世の理不尽に抗えるのは個人の勇気。女神様は人の自由意志を尊ぶ。神は種をまくだけで、後は見守ることしか出来ないのだ。


 新たな種を蒔かれただけとも知らず、案の定、マドカ達もその作略にはまった。


 彼女の体内に宿った命が、神託にあった聖女なのだと思い込み、トリスター達は暫し悩む。

 

「これが祖国に知られたら大変なことになりますね」


「歓呼で追い出したんだし? 自業自得じゃない?」


「聖女様は聖女様ですが、この国の子供です。サザライト王国とは無関係。すくすくお育てしましょう」


 神殿には悪いが、この子を犠牲にする気はないマドカと元王太子。これは何か事が起きでもしない限り墓まで持っていく秘密にされた。

 実際に蒼い風を纏うマドカが聖女として神殿で活躍しているのだ。これを隠れ蓑にして子供のことは黙っておこう。四人は、そう考えた。


「オラが子はオラのんじゃっ! 誰にもやんねっ!」


「また言葉が乱れてるよ。それに、この子はアタシの子だから。アンタのじゃないわよ」


 最近、土木事業に駆り出されている事が多いらしく、作業員の言葉が伝染ったという夫を半目で見据え、マドカは安穏な今に幸せを感じる。

 充実した日々と愛する家族。順風満帆な彼女の人生は長く平穏を得た。


 サザライト王国と違い、隣国のガルス王国はマドカやトリスター達を快く受け入れてくれ、マドカが神託の聖女なのだと判明しても、何も強制しないし言わなかった。

 ここに聖女があられる奇跡に感謝を。と、彼らが静かに暮らせるよう取り計らってくれる。それどころが、マドカがやりたいという、保健衛生や健康にかかわる資金を公費として割り当ててくれたのだ。


『長い戦に明け暮れ、民は疲弊し未だに生々しい傷がそこここにございます。これを癒やして元気づけることが出来るのなら。この程度の金子、大した額ではございません』


 そう言い、潤沢な資金を回してくれたガルス王国の後押しを受け、マドカははっちゃける。


『人間は何より大切な人的資源っ! 子供の笑顔が明るい明日を約束してくれるのっ! それを生かすことこそが、国力を上げて国を潤す力ですっ!!』


 声高に叫んで駆け回る聖女様の勢いにつられ、彼女が駆け抜けたあとに芽吹き花開く輝かしい未来。

 そうと思わせてくれるマドカの底なしな笑顔。


『ああ、良いな。マドカが笑っていられるなら、それで良い』


 うっとり愛する妻を見つめるトリスター。


『左様でございますね』


 同じく満面の笑みをマドカに向ける三人衆。


『そういえば、そなたら、本当に私達についてきても良かったのか? それぞれ力も地位もあったのに』


 首を傾げるトリスターを据えた眼差しで一瞥する側近三人衆。


『マドカ様は姉の命の恩人です。返しきれない恩がございます』


『僕は、僕自身の命を救われたんですよ? 手足が腐ったり失明したりなんて…… 想像するだに悍ましい。残りの人生はマドカ様に預けます』


『女神様ですから…… うん』


 つまり、三人が三人ともマドカに仕えるためについてきたということだった。もちろん、トリスターに対する忠義もあるが、こちらはどちらかといえば戦場を共にしてきた仲間意識の方が強い。

 トリスターは、ぶはっと噴き出して、同じ気持ちな仲間達と笑った。

 絵に描いたような幸せな風景。これがずっと続くのだと誰もが疑っていなかったのだ。

 

 ……そう。力を蓄えた魔族とやらが再び人間等に牙を剥くとも知りもせず。


 無事に子供も生まれ、さらなる子宝にも恵まれ、マドカがガルス王国の支援を受けて、質素な保健衛生の学校を建てた頃。世界に警報が鳴り響いた。




「校長先生っ! 魔物の襲来ですっ!!」


 引き戸をガラっと開けて駆け込んできたのはジュエル。ナイジェルの息子で今年十歳になる少年だ。


「そう。来たのね」


 かたんと椅子から立ち上がり、マドカは木造の小さな建物から飛び出した。ここガルス王国は深い樹海を隔てて魔族の国と隣接している。

 しばらく前から魔物が増えて人々を襲う事件が増えていた。いずれスタンビートが起きるだろうとの予測もあった。それが始まったらしい。

 これに魔族がかかわっていると噂されてはいるが真偽は定かでないし、そんなことを警戒している場合でもない。


 自宅に戻ったマドカを迎えたのはトリスターと三人衆。昔取った杵柄な四人は、がっちり戦装束に身を固めている。

 マドカを全力で支援してくれたガルス王国の要請を受け、元英雄達は国王軍参加を表明した。


「やあ、行ってくるね? もう一度、魔物らを樹海に追い返してくるよ」


 にぱっと笑う旦那様。まるでそこらに買い物にでも行くかのような軽い口調。


「泥水の上澄みを子供らにすすらせたくはないですしね」


「生の魔物肉もだよ。アレ、確実にお腹壊すし。でも食べなきゃならないような悲惨な状況を、二度と作らせやしないから」


「……って。マドカ様? ノドカ様? その御姿は?」


 四人の眼の前に現れたのは神官装束のマドカと、そのミニチュアな少女。出逢ったばかりな頃のマドカを彷彿とさせる黒髪黒目の少女を見て、トリスター達は嫌な予感が脳天を突き抜けていく。


「まさか……?」


「たぶん当たり♪ アタシ達も国王軍に加わるわ」


 にばーっと笑う聖女母娘。


 ノドカと名付けられたトリスターの長女。正しく聖女として生まれた彼女は、その名に相応しい神聖力を持ち、癒やしに特化した力を授かっている。

 トリスターらに足りない回復役だ。これを戦力に加えない手はないだろう。

 そしてマドカも変化の力を極めていた。長く試行錯誤して魔力を高めてきた彼女は、地球生まれな想像力を使い、変化の力をコピー能力へと高めたのだ。

 その名の通り、特定の誰かに変化出来る能力である。しかもその装備や能力すらコピー可能。


「ノドカの護衛はアタシが請け負うわ。貴方達は前線で頑張ってね」


「とと様っ! 怪我したらすぐに下がってくださいませ。わたくしが癒やして差し上げます」


 むんっと気合を入れる愛娘に言葉もないトリスター。


「そんな…… バレてしまうじゃないかぁ、ノドカが聖女だって」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょーがっ! ここが突破されたら世界に魔物が飛び回るのよっ!」


 過去に魔族と行われた戦場も樹海だった。この土地を死守するために散った多くの命。樹海に面したサザライト王国、ガルス王国、メルティルス王国。この矢面に立つ三国を多くの国々が支援している。

 英雄王子が出奔し、失われたサザライト王国は困窮しているようだが。


 あーいっと泣きながら戦場に向うトリスターと三人衆を見送り、マドカは神殿へと向かった。


「自分の人生は自分で決めるのよ。ノドカ、隠れていてもかまわないからね?」


「わたくしは、かか様の子です! 逃げも隠れもいたしませんわっ!」


 今年十三歳になる娘を眩しげに見つめ、二人は後方支援に回るが、戦況が思わしくなく結局は前線に飛び出した。




「マドカぁぁっ?! なんでここにっ?!」


「説明は後っ! 行くわよっ!」


 ふおんっと空気が揺れ、マドカはナイジェルをコピーする。途端に弾ける魔物の群れ。遊撃に特化したナイジェルの力を得たマドカが、辺り構わず双剣で切りまくったのだ。

 足を切られてつんのめり倒れた魔物に、さらに足を取られて将棋倒しになる魔物達。その隙を逃さず、トリスターらがトドメを刺していく。


「ノドカっ!」


 片っ端から癒やしを振りまいていた娘へ突進していく魔物らに気づき、マドカは遊撃の瞬発力を活用してかっ飛ぶと、カッツェをコピーしてその突進を抑え込んだ。


「舐めんなっ!」


 ドンっと大盾を地面に突き刺して娘を守るマドカの勇姿に、側近三人衆らが口笛を吹く。


「何度見ても凄いですね」


「いや、おかしいでしょ? 装備や能力まで真似るとか」


「女神……戦の女神」


 感嘆しつつも狼狽えるカッツェとジョシュア。うっとり見惚れるナイジェル。トリスターは魔物らを屠りつつも心配そうにチラチラ妻子を振り返る。


「アタシは…… 幸せになるんだぁぁーっ!」


 頼りになる仲間達や娘をフォローしつつ、マドカは現代地球人の本領を発揮した。 

 女神様の与えた力は成長する稀有な力。それを理解し、余すことなく使えるのは彼女が不思議物語に溢れた世界で育ったからである。


 元英雄四人と伏兵聖女二人。特にノドカをコピーして癒やしを振りまきまくる母娘は手に負えず、倒しても倒しても兵士が起き上がるという人海戦術におされ、魔物はもちろん、その後ろに控えていた魔族らすら樹海奥の魔族領に追い返される他なかった。


 前回は何年もかかった戦いが数日で終わり、人間側の大快挙に人々は熱狂する。特に戦場を駆け巡った英雄四人と聖女二人。ガルス王国の大金星は揺るがない。

 これを見越して、彼らを受け入れたガルス国王は慧眼だったという他ないだろう。サザライト王国のように過剰な干渉もせず、トリスターやマドカの正体を知っていても穏やかに見守っていてくれたガルス国王の英断は正しかった。


 後に行われた国際会議で、サザライト王国が物申すのは余談である。いや、茶番かもしれない。




「トリスター王子と聖女様はサザライト王国所属であります。此度の戦での活躍もサザライト王国のモノと考えるのが妥当ではないですか?」


 厚顔無恥にも、いけしゃあしゃあと述べるサザライト王国代表。それに呆れた顔をし、ガルス王国代表はつらつらと書類を読み上げた。


「何の力も発現しないからと聖女様を迫害して王宮から追い出し、身一つで追い出された聖女様をトリスター殿らが保護した。そしてトリスター殿も王太子位を辞し、我がガルス王国の国民となられた。……裏付けは取れておりますよ。神殿を侮るなかれ。情報は共有されているのです」


 ぱしっと書類をテーブルに投げるガルス王国代表。その説明を聞いた他国の代表らも、白い目でサザライト王国代表を睨みつける。

 いたたまれなくなったサザライト王国代表は、助けを求めるかのように同席していたトリスターやマドカに視線を振るが、側近三人衆含めて知らんぷり。

 なのに、まだ悪足掻きしようとする、元祖国の馬鹿野郎様。


「マドカ様がそのような力を隠しておられたのが悪いのです。なぜに教えてくださらなかったのか…… 今からでもあらためて聖女としてお迎えします。トリスター様共々、祖国に凱旋なさいませ。今度こそ大切にいたしましょう」


 へらへら笑いながらへりくだるサザライト王国代表。それに鼻白み、あいも変わらずな切れ味でマドカは口を開いた。

 歳を経た分、その切れ味も狡猾で鋭い。


「ふざけんじゃないわよ。十五年前、大切にすると言って迎えたくせに、アンタ達は何をした? アタシを罵り、貶め、食事すら与えてくれなかったじゃないの。あのままじゃ殺されると思ってアタシは逃げ出したのよ?」


 書類にはない詳細な情報。


 そんな虐待が行われていたのかと、周りがざわめいた。


「一度裏切った人間らを信じるほどお人好しじゃないし、サザライト王宮に二度と戻りたくなんてないわ。元々サザライト王国の人間じゃないんだものねアタシは。どこに住もうとアタシの勝手よ」


「そうですな。聖女とは世界の宝。国境を越えた人材です。どこを選んでどこに住もうが聖女様の自由。それを侵害することは神殿によって禁じられております」

 

 今回の功労国の一つ、メルティルス王国の代表がマドカの言葉を後押しする。


「しかし…っ! 聖女召喚の儀を行なって招いたのはサザライト王国です! 優先権くらいはあってもよろしくはないかっ?」


 耳障りな声に舌打ちし、マドカは再びサザライト王国代表をぶった斬った。


「招いたぁ? 問答無用で誘拐したの間違いでしょ? しかも、その優先権を自ら放棄したんでしょーがっ!! あ? ひもじくて庭の畑の野菜を齧るような生活は真っ平御免だからね、アタシ! ここでなら好きに美味しい物を食べられるし、陰口や嫌がらせをしてくる侍女らもいない、人をこづくように扱う護衛や側仕えもいない、サザライト王宮と比べたら天国なのよっ!! なんで地獄みたいなところに戻らないといけないのっ! 馬鹿じゃないのっ!! やった方は忘れても、やられた方は一生忘れないんだからねっ!!」


 そんなことが…… と、憐憫の眼差しをマドカに向ける他国の代表。周りの不穏な空気に耐えかね、必死な面持ちでサザライト王国代表がマドカにとりすがる。


「二度と…… あ〜…… ………」


 だが、全てはマドカが詳らかにしてしまった。どのように言い繕うても返り討ちに合う。言葉を選びあぐねいていたサザライト王国代表を冷たく一瞥し、他国の代表らがマドカに話しかけた。


「食育でしたか? 食事による病気の予防や改善。非常に興味深い。是非とも我が国にも伝授して頂きたく存ずる」


「そうですな。それもですし、農業も根本から変えられ始めたとか? 葉物を得るための家庭菜園の普及も目覚ましい。栄養素とかいう概念も我が国にはないモノだ。詳しくご教授いただきたい」


 にこやかな笑みでマドカを讃える各国。


 ガルス王国でコツコツと積み重ねてきた彼女の努力は身を結び、各国の神殿を通して伝えられていた。


「ち……、小さいですけど、そういった知識を教えるための学校を作ったんです。子供達が笑って暮らすために。大人の無理解を正すために。ぜひお越しにくださいっ!」


 専門を知る者が増えれば自ずと知識は広まる。そんな人間を育成したいと始められたマドカの小さな学校。

 今は芽吹きでしかないマドカの学校で学んだ者が世界に羽ばたき、各国の学校で教鞭を執り、明るい未来を繋ぐ。

 そんな展望を抱いて、彼女は各国の代表に熱弁をふるった。


 一人、臍を噛むサザライト王国代表を置き去りにし。


 こうして終幕した新たな戦の顛末を知り、マドカに深くかかわったサザライト王宮の人々が陰鬱な気持ちになったのも余談だ。


「聖女は、結局、聖女であったということか……」


 深く項垂れたサザライト国王が、再び聖女召喚の儀をやらかそうと目論見、大神官の逆鱗に触れたのも御愛嬌。

 これを期に、サザライト王都の神殿は聖女召喚の儀を封印した。元々、伝承に過ぎないような曖昧なモノだったのだ。失っても問題はない。

 大神官は儀式のやり方を誰にも継承させず、静かに虹の橋を渡る。彼は最後まで誰よりも正しく聖職者だった。


 こうして第二の人生を異世界で過ごしたマドカ。


 彼女の拡めた食育や衛生観念によって飛躍的に国力をあげた各国は、魔族の脅威を容易く退けられるようになる。

 人は石垣、人は城。人的資源の向上こそが、世界を平和に導く根幹なのだ。


 元気な彼女と娘は、それからも幾度と起きた大異変を事もなく乗り切り、愛する旦那様と我が世の春を謳歌する。それを相変わらずな毒舌で追いかける側近の三人と共に。


 身勝手を天元突破した奴等の人生に、すこぶるつきな幸あれ♪


   二千二十三年 八月 八日脱稿

          

             美袋 和仁




〜あとがき〜


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。あらすじだった短編を事細かに描写しエピソードを足したモノですが、書ききれていない感満載です。

 いずれ、加筆修正したモノを、なろうに投稿したいと思います。

 なろうからこっちに来たり、こっちからなろうに行ったりと、ちょろ助するワニですが、温かく見守ってやってくださいwww


 では、これにて終幕。さらばです。


 既読、ありがとうございました。


 ps.

 面白いtweet見たので補足説明。

 原子卵細胞とは、生まれた時には決まった数が内包されており、成熟して卵子になって排出される、つまり卵子の種に当たる細胞のことです。

 決してマドカが異世界体質になって無精卵や謎卵子を持っていたわけではありません。うん。

 久々に笑った、ありがとうございました。

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勝手にしやがれですわっ! 〜真の聖女はタマゴでした~ 美袋和仁 @minagi8823

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