第8話 新たな門出


「「「「女神様とした約束があったぁーっ?!」」」」


「えへっ♪」


 テヘペロっと舌を出し、マドカは斯々然々と四人に説明した。


 召喚されて時空を超えたとき女神様から声をかけられたこと。一言の会話だったが女神様は願いを叶えてくれたこと。神殿の祈りの間で女神様に謁見し、逃亡に役立ち、これからも使えるだろう変化の魔法を授けて貰ったこと。


「それで、その姿か…… いや、まあ驚いたが、マドカは聖女だしな。我々が見間違うことはない」


「そうそれっ! なんで分かったの?」


 得心顔で頷くトリスターを見上げて、マドカは床に届かない足をバタつかせる。

 幼いマドカという眼福に酔いしれ、トリスターはその甘やかな香りを放つ彼女の髪に顔を埋めた。


「蒼い風だ。女神様の使徒にのみ纏える神聖な風。あらゆる禍から聖女を守るといわれる風がマドカには吹いている。力ある人間になら見える風なんだ」


 この世界では力と呼ばれる魔力。それが高い者はあらゆる分野で飛躍的な偉業をあげる。トリスターでいえば武力。魔力を筋力アップなどのブーストに使い、身体強化が可能。

 彼とともに戦場を駆け抜けてきた側近三人衆も同じだ。カッツェはタンクとして魔力で守備をあげ盾を中心に戦ってきた。ナイジェルは魔力で速さを活かして遊撃。ジョシュアに至っては魔力の高さが直結する攻撃魔法。

 一握りの英雄と呼ばれた精鋭達の魔力は高く、神聖な女神様の風を見ることが出来た。だから一目でマドカを見つけたのだ。


「姿形が変わろうともマドカはマドカだ。私達が見間違えるわけはない」


 そんな仕組みが…… 女神様ぁ、先に言っといてくださいよぉぉ、一番見つかりたくなかった相手に簡単に見つかるんじゃ意味ないじゃぁぁあん。


 胡乱げに心の中で悪態をつくマドカ。そんなマドカを抱き込み、満足げな王太子の姿に側近三人衆の目がドン引きしていた。

 はあ…っとマドカの髪に顔を埋めたまま、うっとり呟く王太子。傍から見たら、まるで少女趣味の変態である。中身がマドカなのだと知る側近三人衆でも絵面の不味さに苦虫を潰した。

 だが、それでも経緯を知らねばなるまいと、ナイジェルは果敢に話を進めていく。


「何でも願いをかなえるって……… 破格の恩恵じゃないですかっ、それを使ってしまった?! 話してくだされば、立派に聖女として認められたでしょうにっ!!」


 驚愕を隠せないナイジェルの言葉を耳にして、半目を据わらせつつ、マドカはしれっと答える。


「だってアタシこの国に恩も義理もないし? むしろ、怨み満載だし? 突然の掌返しに怒り心頭だし?」


 言われてみれば、その通りだろう。


 いきなり誘拐されて人生はだいなし。大切にするからと王宮に招かれてみれば数年で掌返し。王太子の足は遠のくし、経費は削減されるし、終いにゃ浮気のカミングアウト。 


「もう怒りを通り越して笑ったわよ。そっちがその気なら、こっちも相手の立場を考えてやる必要ないなって。勝手にしやがれだわって。だから、女神様の手助けを借りて家出したんだけど? なにか問題が? むしろ王宮は厄介払いが出来て喜んだんじゃない?」


 よくよく現実を理解しているマドカを男性陣は思わずガン見する。


 .....実はそのとおりなのだ。


 王家としては聖女を囲っておきたいが、なんの力もないマドカを聖女とし、妃に置くことを貴族達は疎んでいた。力が発現しないなら聖女ではない、平民に過ぎない。それなりの慰労金でも渡して、適当な所に追い出すべきだと。

 清い関係なのだ。出来ないことではないし、そのせいで王太子に子供が作れない方が問題である。何なら神殿が喜んで引き取ってくれるだろうなどの愚考を口にする者もいた。

 愛妾や側室の打診も多かった。マドカが正しく妻でないことを知る者らが、大挙してきたといっても過言ではない。

 そして今はトリスターを王国き留めるため、王太子の側室に娘を捩じ込むため、厚顔無恥にもマドカを引き戻そうと探していた。


 ギリッと奥歯を噛み締め、王太子はマドカを見る。


「だから、もう、全てを捨てたんだよ。君にかかわるモノも私にかかわるモノも。公的なモノは返還し、個人的な財産は処分した。今の私は、ただの一人の男だ」


 それでも処分した物が結構な額になったので、そこそこな一軒家や土地は買える。二人でなら、どこでも暮らせるさと笑う元王太子。


 しかしそこで側近の三人が、ちゃっと挙手をした。


「そこそこでは困ります。我々も住むので」


「稼ぎましょうね。国政に関わってきた人間なんですから、書類仕事や立案は御得意でしょ?」


「なんと隣国の辺境で文官を募集しております。政治に明るく、貴族らに仕えられる教養と作法を持った人材を。辺境なので通常の貴族らにやり手がおらぬご様子。困窮しておられます。チャンスですよ? きっと高給で雇ってもらえます」


「………お前ら」


 暗に付いて行くと宣う側近らが、王太子に仕事まで見つけてきてくれたようだ。思わず惚けるトリスターを眺めつつ、マドカはクスクスと笑った。


「……人徳?」


「……ないわー、新婚に張り付くって、お前ら鬼かっ! こちとら、ようよう蜜月解禁なんだけどっ?!」


 噛み付くように吠える王太子の叫びを、ぺいっとはたき落とし、三人衆はたたみ掛ける。


「ヘタレに人権は認めません」


「蜜月ぅ? 半年、早い」


「今の状況で家族を養えるとでも? 働かざる者、出すべからずです」


 ……出すべからずて。


 何を? などとカマトトぶるマドカでもなく、あまりの言われように絶句するトリスター。暗に閨を示唆され、ぼんっと頭から湯気を立てる初々しい二人が微笑ましい。

 よくよく考えれば周りに流され婚儀を上げただけで、お互いに口づけはおろか告白もしていない二人である。色っぽい話を振られても思考がついていけない。

 完全に順番がチグハグな彼等の恋愛模様。


 ……甘酸っぱいねぇ。


 ……やっとですか。


 ……全く手間のかかる。


 思いはしても珍しく口にしない側近三人衆は、そっと気を利かせて部屋を出た。

 

 それに気づいたトリスターは、あらためてマドカに告白する。千載一遇のチャンス。この勢いを逃すわけにはいかない。


「……頼りない夫かもしれないが君の人生に寄り添いたい。出来うるなら君にも寄り添って欲しい。好きです。愛してます。失いたくないです。だから…… どうか、後生だから……」


 そこまで口にして彼は腕の中のマドカを、ぎゅうっと抱きしめる。もはや言葉にならないらしく、トリスターは嗚咽を上げて壊れ物を扱うように彼女を抱きしめた。

 その切なげな力に絆され、マドカの眼にも涙が浮かぶ。

 不安だった。怖かった。知らない世界、勝手な王侯貴族、人の命が儚く軽く、簡単に失われる残酷な世界。

 王宮で色々学ぶにつれて深まるそこはかとない恐怖に眠れぬ夜が続いた。誰にも相談出来ない。誰を信じたら良いか分からない。いよいよとなれば逃げ出す他ない。しかし逃げ出したところで行く当てもない。


 四面楚歌な、ないない尽くし。


 そんなマドカを支えてくれたのがトリスターだった。


 マドカの全てを満面の笑みで受け入れてくれ、何事にも真摯で責任感の強い彼。マドカのやらかしにも付き合ってくれ、どんな状況でもマドカ優先で動いてくれた彼。

 そんなトリスターすら自分は信じられなかった。結局は王族だ。きっとそのうち裏切るに違いないと。そう思っていた。

 浮気の報告を聞いた時には、ああ、やっぱりねと斜めった自分の思考に笑った。その反面、酷く傷ついている自分に驚きもした。

 信じていないつもりでも信じてた。心を寄せていた。それを木っ端微塵に打ち砕かれた。


 ……だが、こうして彼は追ってきてくれた。それが心の底から嬉しい。勘違いや誤解の解けた今、マドカの胸は、叫び出したいほど鼓動を高鳴らせていた。


「アタシも……」


 絞り出すようなマドカの声に、トリスターの大きな身体がビクリと震える。


「アタシも、トリスターが好きぃ……」


 初めて吐露したマドカの心の内。真っ赤な顔で彼の腕に掴まる彼女は、恥ずかしくて顔が上げられない。

 そんな小さな呟きを耳にして、トリスターの腕の力が抜けた。半分放心したような彼を正気に戻したのは、そっと様子窺いにやってきた三人衆の絶叫。


「そろそろ宜しいですか……って、何やってんだ、アンタぁーっ!!」


「マドカ様っ! 御姿、御姿が不味いぃぃっ!」


「せめて元の姿でやってくださいっ! 犯罪ですよ、それぇーっ!」


 無意識に口づけていた二人の姿は、年端もいかぬ少女を押し倒す大男の絵面。自分達の状況に気づき、慌ててマドカは魔法を解いた。

 姿形に無頓着なトリスターは、何を怒られているのか分からないようだ。


「何が問題だ? マドカはマドカだろう? 夫が妻に口づけて何が悪い?」


 マドカが絡むと常識も羞恥も蚊帳の外。往来で少女を抱き締めて泣いていた姿にも引いたが、今はその比でない。

 元に戻った最愛の女性を目にして、再び、マドカ、マドカと抱き抱えるトリスター。逢えない時間が彼の箍を外したようである。


「「「ポンコツも大概にしろーっ!!」」」


 マドカぁぁっと悲痛な声をあげるトリスターを彼女から引き剥がし、側近三人衆は困り顔。

 こうして盛大な勘違いとすれ違いを経た二人の想いは、ようやく通った。

 そんな二人を微笑ましく見つめる側近らに急き立てられ、市井におりた元王太子は隣国で職につく。


 相変わらずマドカ、マドカと彷徨うトリスター。


 仕事以外は彼女にベッタリで手がつけられない。結婚していたのに禁欲を強いられ、妄想だけだった日々が現実になったのだ。これも致し方ないだろう。

 同じアパルトマンに住む側近らに追い立てられながら、トリスターは精力的に働いた。元々庶民なマドカはいうに及ばず、戦場暮らしの長かったトリスターらも市井の生活に困りはしない。

 

「井戸から水が汲めるだけで御の字ですよ。水溜りの上澄みを掬って飲んだこともありますしね」


「屋根もありますし。数年前までは戦場でしたから。汚泥にまみれて眠るのも日常茶飯事。生で配給された魔物肉を魔法の炎で軽く炙って食べてました。……二度と御免です。平和万歳」


「サバイバル経験が何年も続きましたからね。戦場あがりからしたら、市井の暮らしは天国です」


 貴族だった人間に市井の暮らしは辛くないかと聞いたマドカは、彼等の斜め上半捻りを通り越したウルトラCの答えに絶句する。思いの外逞しい男どもだった。


 そりゃあ戦地なんて地獄だろうしなぁ…… 話にしか聞いたことはないけど、餓死者や凍死者がわらわら出る世界だ。そんなモノを何年も経験したなら、この平穏な暮らしが天国だというのも頷ける。


「マドカぁぁーっ! お腹空いたぁーっ!」


 喜色満面の笑みで扉を開けるトリスター。側近三人衆も同じ所に就職し、四人揃って笑顔で帰宅。食事を終えた後はそれぞれの部屋に戻る毎日。


「良いですか? 身の危険を感じたら子供化してください。さすがに子供に無体を働くことはないと思います」


「老人化のが良くないか? ……今のアレに節操はないと思うぞ?」


「そちらこそ不味いでしょう。枯れていようがマドカ様なら押し倒しますよ、あの馬鹿野郎様は」


 アレやコレやと赤裸々な相談をする三人衆の頭をお盆ではたき、マドカは呆れた顔をする。


「バカばかり言ってないのっ! アタシ、神殿にいってくるから仕事頑張ってねっ!」


 恥ずかしまぎれに三人衆をはたいたマドカは、いそいそと隣国辺境の街で神殿へ向う。サザライト王国同様、食育や食事療法、豆知識など多くを伝えるためだ。


 あの日、心を通わせた二人は、側近らと共にこれからを相談した。




「マドカにはやりたいことがないのか?」


「やりたいこと………」


「うん。私が全力で支えるから。君の失ったモノを全て取り戻そう。身分も財産も輝かしい未来も」


 トリスターの柔らかな笑みにおされ、マドカは、この世界に誘拐される前の自分を思い出していた。

 高校二年生で、将来は食に携わる仕事を夢見ていたマドカ。管理栄養士になり、自ら生産した野菜で美味しい食習慣を作りたいなど、漠然とした夢を持っていた。

 そのために園芸部に入部し、植物のアレコレを学んでいた長閑な日々。


「……ご飯を美味しく食べられて子供達が笑える。そんな世界を作る一助になりたいなぁ」


「良いじゃないか。それには何が必要だ? 金子は私が稼ごう。マドカはマドカのやりたいようにすれば良い」


 にこーっと破顔するトリスターから応援を受け、マドカは隣国の神殿を訪れた。そしてサザライト王国でやったように、病気や体調不良に利く食事療法を説明したのだ。

 それに併せて綿入れなどで暖を取る方法や各種豆知識。王宮を介しなかったにもかかわらず、隣国辺境の神殿はマドカの案を受け入れてくれた。


 あまりにスルスルと進む作業。さっくりと書庫の開放まで許され、それを疑問に思った彼女が尋ねてみると、なんとそこにはサザライト王都の大神官の伝が存在した。


 神殿とは国境を越えた独自の組織で、各国の神殿は情報を共有していたのだ。当然、マドカのことも各国の神殿に通達されている。


『お手紙を頂きましてね。聖女様がお越しになるだろうから、そっと見守って欲しいと』 


『大神官様…… アタシ、聖女失格なのに』


 女神様の力を私利私欲で使ってしまったマドカ。なんてバカなことをしたのだろうと、彼女は今さらな後悔に涙した。


『何があったのかはお聞きしません。聖女様は聖女様らしく穏やかにお過ごしくださいませ』


 ポンポンと背中を叩かれて、マドカはこれからも多くの神殿を訪れようと心に決める。


 全てを失った少女は、これから全てを手に入れるべく動き出した。なくした家族の代わりに新たな家族を。なれなかった管理栄養士の代わりに、神殿を中心とした人の健康にかかわる仕事を。

 取り返しのつかないモノなど死以外なにもない。失ったのなら取り戻せば良い。


 意気揚々と歩き始めたマドカを、トリスターと側近三人衆が温かく見守っていた。


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