第20話 新たなスタート

 ……ん? なんだろ?


 誰かに揺すられてる?


 ふと目を開けると、何やら椅子に座っていて……見上げると、男性の顔が間近にあった。


「おい、そろそろ起きてくれ」


「ふぇ? ……シグルド様!?」


「ようやく起きたか」


 どういうこと!? シグルド様の顔が目の前に!?

 あれ……どうしてシグルド様に寄りかかってるの!?

 と、とにかく離れないと!


「ご、ごめんなさい——きゃ!?」


「おっと! ……急に動いたら危ないぞ」


「は、はぃ……」


 立ちくらみがしたところを、シグルド様が優しく受け止めてくれた。


「全く、君はしっかりしてると思ったが……抜けてるところもあるな」


「むぅ……悪かったですね」


「それに子供っぽいところもな。まあ、年相応ということか」


「どうせ、まだまだ小娘ですよ」


「ふっ、そう拗ねるな。さて、もうすぐ夕飯になる。俺はよくわからないが、何か仕上げがあるのだろう?」


 窓から外を見ると、すでに真っ暗になっていた。

 そうだ……私は煮込みをしている間に眠気に襲われて、少し休憩をすると言って食堂のベンチに座っていたんだ。


「そ、そうでした! 煮込みを見ないと……!」


「では、俺も見るとしよう」


 二人で厨房に入ると、そこには火の番を頼んだエリゼがいた。

 その周りでは料理人達が忙しなく動いている。

 夕食の最終段階といったところだろう。


「お嬢様、目が覚めたのですね」


「ごめんね、エリゼ。ずっと見てくれて」


「いえいえ、これくらい大したことはありません」


「ふふ、ありがとう。それじゃあ、ささっと仕上げていくわよ」


 煮込みを確認すると、程よくトロトロになっていた。

 これなら、もう仕上げに入ってもいいだろう。


「ここに味噌を入れてっと……これで石狩鍋風の完成かな」


「ほう? 良い香りだ……いつも感じる臭みがない」


「ふふ、しっかり下処理をしましたから。料理とは、下処理する段階で味が決まるので」


「そういうものか……まあ、もう突っ込むのはやめておこう」


「そ、そうしてくれると助かります」


 すると、厨房内に可愛い声が聞こえてくる。


「お腹空いたー! 今日のご飯はなにかなー?」


「ったく……あの弟は」


「ふふ、可愛いじゃないですか。私は、ああいう弟が欲しかったですよ」


「君には兄がいるんだったな」


「はい、末っ子なので下の子がいるのが羨ましいですね」


 カイルお兄様は元気かしら?

 結局、会わないまま来ちゃったけど……流石に、ここまでは来ないよね。


「そういうものか。さて、すまんが早く持って行ってくれるか? 兄として、あのままでは恥ずかしい」


「ふふ、そうですね。煮詰め過ぎても良くないので、このくらいでいいでしょう」


「ちなみに、俺も食べても良いだろうか?」


「ええ、もちろんですよ」


 エリゼに鍋ごと持ってもらい、そのまま厨房を出る。

 そして、奥の指定席にいるオルガ君の前に鍋を置く。


「あっ! アリス姉さん! これは……うぇ、ファンブルですか?」


「うぇ、とかいうんじゃない。この辺境では貴重な栄養素であり、食材でもある」


「兄上、それは分かってますけど……臭くて苦手……あれ? そういえば臭くない?」


 よし、第一段階はクリアした。

 苦手意識がある子でも、気づかないくらいってことだ。

 私は鍋から器によそい、オルガ君の前に置く。


「オルガ君、それは私が作ったわ。もし良かったら、食べてくれると嬉しいかな」


「えっ? アリス姉さんが……よ、よーし、それなら食べてみます!」


「おいおい、対応が違いすぎだろ」


「それはそうですよ! では、いただきます……臭くない……柔らかくて……美味しいや!」


 その勢いのまま、ガツガツと食べ進める!

 その光景を見ていると、こちらも幸せになってくる。

 そうだ……いつの間忘れてたけど、料理ってそういうものだった。


「アリス姉さん! おかわり!」


「ふふ、わかったわ」


「おい、それくらい自分でやれ。それに、俺の分がなくなる」


「大丈夫ですよ、沢山ありますから。それじゃ、みんなで食べましょう」


 エリゼと私で器に盛り、四人テーブルにて座る。

 すると、給餌の方がパンを置いてくれた。


「では、俺もいただくとしよう……これは……臭みや柔らかさもそうだが、何よりいつもと旨味が違う。じわっと、口の中に広がる……まさか、ファンブルにこのような味があったとは」


「多分、臭みの部分と脂分のせいで本来の味が出てなかったのだと思います」


「なるほど……あれこそが旨味だと思っていたが、そうではなかったか」


「いえ、あれも旨味でもありますよ。ただ、何事もありすぎると良くないので。今回は野菜の出汁と肉の出汁のバランスが良いから美味しいのかと」


 私もお腹が空いていたので、肉を口に含む。

 すると、ほろほろと口の中で肉が溶けていく。

 臭みもないし、バラ肉やロース肉を使っているので、とても食べやすい。


「んー! 美味しい!」


「お嬢様! 美味しいです!」


「僕お代わり!」


「俺もだ」


 四人で鍋を囲み、次々と食べ進めていく。

 するとお腹だけではなく、何かが満たされていくのを感じる。

 思い出した……自分が作ったものを美味しいって言って食べてもらうことの幸せを。

 そして、みんなで食べる美味しさも。


「シグルド様!」


「す、すまん! 食い過ぎたか!?」


「そ、それは良いんです! それより、私はしたいことが決まりましたわ」


「なに? ……よし、聞こう」


「……この辺境で冒険者をしながら、料理屋を開きたいと思います。もちろん、も手は抜きません」


「そうか……許可しよう。それでこそ、我が婚約者に相応しい——なあ、皆の者」


 すると、全体から拍手が巻き起こる。


 どうなるかわからなかったけど、どうやら認めてもらえたのかも。


 前世では夢は叶えられなかったし、今世でも自分を押し殺してきた。


 ここでなら……夢が叶うかもしれない。


 もちろん、きちんとシグルド様の婚約者のフリもして、お世話になったお礼もする。


 でも、それが終わったらあとは私の自由にしても良いよね?


 よーし……そのためにも、しっかりと頑張らないとね!





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婚約破棄から始まる辺境生活~これからは我慢をせずに好きなことして生きていく~ おとら @MINOKUN

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