第19話 久々の感覚

そうと決まったら、早速行動開始しなきゃ。


もう日が暮れてきてるから、急がないといけない。


「ベルクさん、よろしくお願いします」


「よしてくだせえ! 俺みたいな平民に頭を下げるもんじゃない」


「いえ、ここでは一番の下っ端ですから」


「……はっ、シグルド様が気にいるわけだ」


「えっ? ……そうなのですか?」


自分では全然、そんな感じしない。

なんか、面白い女とかは思われてそうだけど。


「ん? そりゃ、そうでしょうや。待ちに待った婚約者なんですから」


「そ、そうですね!」


「よくわからないが……とにかく、料理を始めるとしよう」


「はいっ! よろしくお願いします!」


「ったく、調子狂うぜ……料理の経験は?」


「一応、あります」


後ろにいるエリゼが目を見開くが、嘘は言っていない。

今世では経験ないけど、前世なら十年以上もやっていた。


「公爵令嬢が料理? まあ、良いか……それで、ファンブルを使って何を作るつもりですかい?」


「そうですね。このお肉って臭みがあるし……もしかして硬いですか?」


「ああ、それが特徴ですぜ。だから俺みたいなおっさんには人気があるが、子供や女性にはあまり人気がない」


「なるほど……ちなみに、普段はどうしてます?」


「香辛料とかを使って誤魔化してる感じですかね」


「やっぱりそうですよね……」


ただそうすると味付けは濃いし、大人向けになってしまう。

そもそも、ここは食べやすく改良した飼育された肉がある王都とは違う。

王都では魔獣の家畜化が盛んだけど、辺境はそうではないとか。

気温が高いから向いてないし、費用も馬鹿にならない。


「オルガ坊ちゃんも好きじゃなくてなぁ……成長期だし、栄養は高いから食べて欲しいんだが」


「オルガ君が……では、オルガ君の食事を私に任せてもらえませんか?」


「なんと? まあ、シグルド様が好きにさせろって言ってたし……許可しますぜ」


「ありがとうございます。それでは、早速やっていきますね」


小分けにされた肉を、更に一口大に切っていく。

確か、臭みの原因は血と脂だ。

血抜きをしたとはいえ、まだ臭みはある。

本当なら酒につけて一晩と行きたいところだけど、今回は時間がない。


「そうなると、塩と水が……ここでは塩は貴重ですか?」


「へい、川はあっても海はないので。ちなみに塩は、海沿いにある獣人達の国から魔石と物々交換してますぜ」


「そうなると使いすぎるのはダメ……茹でるのが一番ね」


「お湯ですかい? それなら湯沸かし器の中にありますぜ」


「では、有り難く使いますね」


幸いにして、この世界には魔法を込められる魔石がある。

それによって電気こそないが、便利な魔道具は沢山ある。

冷蔵庫こそないが、オーブンやトースターなどもある。

湯沸かし器もその一つで、火の魔石にって常に温められている状態だ。


「鍋にお湯を入れて、そこにブツ切りにした肉を入れ……すぐに捨てる」


「な、何をしてるんで!?」


「へっ? 何って……臭みを取ってます」


「てっきりそのまま煮込みを作るのかと。それだと油が出て旨味が……」


「確かに脂は旨味でもありますが、同時に臭みでもあるんですよ」


和牛や豚肉だったら、それでも問題はない。

ただ野性味ある肉の場合、この方法を取ると旨味が残りつつ臭みも消える。

さらにお湯で洗い流し、こべりついた余分な脂肪をとる。


「……初耳ですな」


「えっと、私は王都にある古書をよく読んでいたので……」


「なるほど、古の知識ってことですな」


「はは……そうですね。エリゼ、この工程をあと二回お願いできる?」


「はい、お任せください」


その間に、私は玉ねぎをみじん切りにしていく。


「おおっ!? なんて滑らかな包丁さばきだっ!」


「は、恥ずかしいからやめてください……!」


「いやいや、これは……素人の動きじゃない」


トトトッという音と共に人参や大根を切り、白菜やキノコ類をぶつ切りにする。

それを火が通るにくい食材から順に入れていく。

……なんか、も久々ですごく楽しい。


「お嬢様、出来ました」


「ありがとう、エリゼ。そしたら、水から野菜を煮ていくわ。あと、玉ねぎに肉をつけておかないと」


「むっ? それはどういう意味があるんですかい?」


「食材によりますが、水から煮ると旨味を良く出します。あと、玉ねぎにつけると肉が柔らかくなるんです」


「そんな知識が……こりゃ、俺も勉強せんと」


「じゃあ、少しお話しをしますね」


「感謝しますぜ!」


「いえ、こちらも色々と教わる身ですから」


その後雑談をしつつ、十分くらい待って……玉ねぎごと肉を入れる。

すでに鍋は熱くなっていたので、丁度いいタイミングだと思う。


「ふぅ、あとは仕上げに味噌を入れれば良いですね。本当は、もっと工夫をしたかったのですが……次回以降にしようっと」


「それにしても、料理といい知識といい……変わった方ですな。とてもじゃないが、公爵令嬢とは思えないですぜ」


「むぅ……良いですよ、それで。どうせ変わってますから」


「じょ、冗談ですぜ! だから打ち首は勘弁くだせえ!」


「そ、そんなことするわけありません! それだったら、さっきくらいの扱いのが楽ですよ!」


確かに、平民が貴族にあんな口を聞いたら場合によっては不敬罪に当たる。

それも、私は一応王族に連なる身分だし。


「へっ、アンタならそういうと思ったぜ」


「はい? それはどういう……」


「てめーら! 今のやりとりを聞いてたな! アリス様は俺たちに権力を振りかざない! 普段通りに仕事しろ!」


「「「へい!!!」」」


ふと周りを見ると、いつのまに人々が私を遠巻きに見ていた。


そして、その方々が達がせかせかと動き出す。


そうか……今から夕飯の支度をするのに貴族の私は邪魔でしかない。


彼らの緊張をほぐすためと、私のために言ってくれたんだ。


……前世でも、こういった方に会いたかったな。






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