第18話 忌まわしき記憶

お腹を空いたからってわけじゃないけど、ここにきてから思い出した記憶があった。


私は元料理人で、自分の店を持つことが夢だった。


そのためにお金を貯める段階で過労死しちゃったみたいだけど。


まあ、忘れていたというよりは……思い出したくなかったのだろう。


パワハラやセクハラが横行し、女子が来る場所ではないと虐められてきたから。


「どうしたのだ? お腹が空きすぎたか?」


「もう! だから違いますって!」


「ははっ! すまんすまん! しかし、君には暗い顔よりもそっちの方がいい」


「……それはどうも」


このイケメンめぇ……さらっと言ってくるんだもん。

そりゃ、モテるに決まってるわ。

さて……言うだけはタダだし、頼んでみようかな。

好きだったものを嫌いになったままじゃ気分が良くないし。


「それで、どうしたのだ?」


「いえ……私の好きにやっていいんですよね?」


「ああ、可能な限りは。というより、今のところ俺が助けられている。レッドバナナの件や、氷魔法についてなど」


「それじゃ……貴族の女の子が料理をするってどう思います? 料理ってしていいですか?」


私がそう言うと、驚きを通り越して……シグルド様の表情が固まる。

その反応はいたって普通だ。

何故なら下位の貴族でさえ、女性が料理をすることなどない。

それは使用人を雇えないということで、家の恥だとされてしまうから。

それくらい、貴族の女性が料理をすることは忌避されていた。


「……君には脅かされてばかりだが、今回が一番驚いたぞ」


「はは……ですよね。すいません、忘れてください」


「いや、俺は約束を違えるのは好きじゃない。いいだろう、許可しよう」


「えっ? ほ、本当ですか? 自分で言ってなんですが……変なことを言ってますよ?」


まず、常識ではあり得ないことを言っている。

平民の女性なら料理上手は歓迎されるが、貴族は真逆になるし。


「ああ、そうだろうな。まあ、ここならそこまで煩く言う奴も居まい。何より……面白いではないか」


「えっと……面白いですか?」


「びっくり箱みたいな君が、次に俺に何をしてくれるのとか」


「むぅ……否定できないのが悔しいです」


「いやはや、退屈せずにすみそうだ。それでは、今日からやってみるか? 先ほど、解体されたファンブルが届いたと知らせがあった」


「や、やってみたいです!」


「では決まりだな。早速、厨房に向かうとしよう。言い訳は、俺の方で用意しておく」


部屋を出てエリゼと合流して、シグルド様についていく。

その道中でエリゼに料理をしたいと言ったら……お嬢様のお好きなようにと言ってくれた。

本当に、エリゼには感謝しかない。

そんなことを考えていたら、一階にある食堂の奥に案内される。

そこには調理台や鍋などがあり、いわゆる懐かしい厨房って感じだった。


「広くていいですね」


「まあ、ここだけで館の人々の料理を賄っているからな。ベルク料理長! 少しいいか!?」


すると、恰幅のいいコックコートを着たおじさんが近づいてくる。

厳つくて如何にも料理人って感じで……私の苦い思い出が蘇る。


「これはこれはシグルド様、今日はどうしたんです?」


「まずは挨拶にきた。こちらが我が婚約者のアリス殿だ。アリス殿、彼が料理長であり、俺が幼少期から世話になってるベルクだ」


「は、初めまして! アリスと申します!」


「こ、これはご丁寧に……俺の名前はベルク、この館で料理長をしている者です。んでシグルド様、可愛い婚約者の自慢をしにきたんですかい?」


「それもいいが……彼女が料理をしたいというのでな。少し使わせてもらってもいいだろうか?」


「へっ? ……りょ、料理をですかい?」


「ああ、ダメだろうか? 俺に作ってあげたいそうだ」


……そんなこと言ってないけど。

これが用意してくれた言い訳ってことよね。

もちろん、作ってあげたいって気持ちがないわけじゃないけどさ。


「なるほど……そういう理由ですかい。シグルド様、愛されてますな?」


「からかうのはよせ。それで、いいのか?」


「へい、もちろんでさ。王都ならいざ知らず、ここなら文句を言う奴も少ないでしょう」


「ありがとうございます! ご迷惑はかけないようにしますから!」


「……随分と腰の低いお嬢さんだこと」


「ふふ、そうだろう? さて、後はベルクに聞くといい。それでは、俺は夕飯ができるまでは仕事に戻るとしよう」


そう言い、私がお礼を言う前に去っていく。


悔しいけど、その姿はカッコいい。


私がしたいことに理解があるし、こうして手伝ってくれる。


このままじゃ、私の気が済まない。


……よーし、美味しいもの作ってお礼をしないとね!




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