第75話 追 マルズロの災難

「ふぅ………ふぅ…………ふぅ………」


 凍てつく空気の中、湯気を上げる肉塊が雪をかき分けて進んでいた。


「マルズロ様、お下がり下さい。

 我々が雪を溶かしますから」


 前に出ようとする騎士を、マルズロは突き飛ばして拒否する。


「やかましい!!

 そもそもお前達がオンボロの馬車を手配などしなければ、儂は歩くはめになっておらんかったのだ!!

 信じられるか!!」


 マルズロの乗ってきていた馬車は運の悪い事に、あと少しで到着という所で車輪がぶっ壊れてしまったのだ。


「くそ、くそ、くそ!!

 あのアギトに目にもの見せてやらんと気が済まん!!

 グレイ・リニーウもだ!!

 内戦にも参加しない臆病者の癖にイキリ上がりよってからに!!」


 冷めやらぬ怒りと溢れる汚い汗、滲み出る油で雪を溶かし、マルズロは元気に雪を掘り進める。


 しばらく猪突猛進に進んでいたマルズロだったが、突然雪を掻き分けていた手が空を切り、顔面からベチョと倒れた。


「ぐぅぅぅぅ……

 む? これは……」


 マルズロは突然空気が『暑くなった』事に気付き、泥に塗れた顔を上げる。


 踏み固められた道と、道の端に並ぶ植物で作られた特徴的な建物。


「ふふ……

 ふははは………

 ふははははは!!!!

 遂に、遂に辿り着いたぞ!!」 


 マルズロは懐で物理的に暖めておいた銀貨500枚が詰まった袋を握り締めると、足をもつれさせながらも駆け出す。


 やったぞ


 してやったぞ


 奴らの悔しがる顔が目に浮かぶわ


 そんな事を考えながら引き寄せられた明かりの正体を見て、マルズロは立ち尽くした。


 見知った鎧、覚えのある顔の兵士達が和気あいあいと食卓を囲み、酒を飲み交わしていたのだから。


「……え、あれマルズロ様じゃね?」


「でも帰ったんじゃ………」


「アギトさんに依頼する為の金を取りに帰ったって話だったぞ」


 呆然とするマルズロだったが、どうしても聞き逃せない単語にハッとする。


「アギト……さん、だと?」


「ひっ」


 暖かい結界の中でもモウモウと湯気を上げるマルズロに、国軍の兵士が後退る。


「アギトを呼んでこい!!

 グレイもだ!!

 金なら持ってきたぞ!!」


 キーキー叫ぶマルズロだが、周囲の反応はむしろ困惑に近い。


「何だ!! 言いたいことがあるなら言ってみろ!!」


「お前何しに来たの?」


「ぐぁぁ!!、ヒュッ……」


 勢いよく振り返った目の前にアギトがおり、マルズロは腰を抜かした。


 手から滑り落ちた銀貨袋が、ズチャと重い音を立てて地面に落ちる。


「お? ちゃんと持ってきたんだ」


 アギトは銀貨袋を雑巾ようにつまみ上げると、その場でひっくり返した。


「やめっ!!」


 だが零れた銀貨は地面には落ちず、ムアの霧に飲み込まれて掻き消える。


「ガウ」


「ピッタシ持ってきたんだ。

 えらーい。 んじゃ」


「待て!!!」


 興味は失せたと背を向けるアギトに、マルズロは目を血走らせて叫ぶ。

 

「金なら払ったぞ!!

 さぁ、儂をもてなせ!!」


 だがアギトはさぞ不思議そうな顔をするばかりだ。


 それがマルズロの神経をゴリゴリ逆撫でする。


「き、貴様!! この後に及んで依頼を反故にするつもりか!!

 許さんぞ!!」


「ん? 依頼なら完了したよ。

 お前がいなくなってから、ちゃんと国軍の兵士達にもご飯食べさせてたし」


「なら儂にも……」


「でもそれは作戦終了までの依頼でしょ?」


 マルズロは、アギトの言っている意味が分からなかった。


「終わったよ、浄化作戦。

 俺とディカでダンジョンの核殺したから、あんたら国軍の取り分は巡回中に倒したリザードマンだけだよ」


 あっさり言ってのけるアギトに、マルズロは指先の感覚が抜け落ちるような錯覚を覚える。


 視界が明滅し、身を起こすことも儘ならずに這い蹲る。


 アギトはしゃがんで覗き込むと、再び同じ問いをした。


「お前、何しに来たの?」


 マルズロに、アギトの呪いがかけられた。

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地図を広げる異世界冒険記 近況ノートに地図有り 揚げ蛤 @agehamaguri

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