5

 深夜、シングルベッドの中に並んで入ると、すぐに梨々花が私の胸元にすり寄ってくる。隆幸と違って私の身体は梨々花と同じ形をしている。胸だってあるし、男の身体のように力強くもない。それでも不自然さを感じないとしたら、彼女の中で、どうやって整合性を保っているのだろうか。

 そんなことを考えていたら、梨々花は私の胸に顔を埋めながら、小さな笑い声を漏らす。


「ん、どうしたの?」

「なんか最近の隆幸、ちょっと変わったね」

「え?」

「咲夜に似てきた」

 

 梨々花の言葉に、鼻の奥がツンと痛んだ。

 違うよ。私なんだよ。いまあんたの目の前にいるのは、私なんだよ。気づいてもらえなくたって、報われなくたって、ずっとあんたの一番近くにいたのは、私だったんだよ。

 そのまま黙っていたら泣いてしまいそうで、私は梨々花の身体に回した腕にそっと力をこめた。

 

「……似てきたって、どのへんが?」

「柔らかくなったっていうか、なんだか、ずっと守られてるなぁーって感じるっていうか」

 

 梨々花の柔らかな声が、私の耳元を優しく揺らす。

 梨々花が幸せでありさえすれば、それでいい。私が梨々花の笑顔を守るよ。だって私は、梨々花の──

 

「王子様みたいだなって」

 梨々花の言葉と、私の思考が一つに重なる。それだけで少し報われたような気がした。

 たとえ梨々花の中から、私自身が消えてしまったって構わない。偽物の隆幸としてだとしても梨々花の王子様でいるためには、きっとこうするしかない。だって咲夜では、本当の王子様にはなれないのだから。

 

 目を瞑っていても、涙がこぼれてしまいそうで、私は深く深く、息を吸い込んだ。哀しいのか、それとも嬉しいのか、自分でもよく分からなかった。


「明日も仕事だし。もう寝るよ」

「はーい」


 そう言うと梨々花はすぐに寝てしまったようだった。梨々花の寝息が、私の胸元を小さくくすぐってくる。


 こんなとき、自分の女の身体がどうしようもなく憎らしくなる。私には、彼女と繋がれるものが無いのだと、痛いほど思い知らされてしまうから。

 私にできるのはただ梨々花の小さな身体をそっと抱きしめることだけだ。

 

 どんな夢を見ているのか、梨々花は眠りながら泣いているようだった。

「隆幸……」という寝言が、静かな部屋の暗闇の中に溶けて消えていった。


 いずれ、梨々花も隆幸の死を受け入れる日がくるだろう。そうすればきっと、眠り姫はいつかこの悪い夢から目覚めてしまうはずだ。

 

 そのとき、私たちの関係は終わってしまうかもしれない。けれどそのときまでは、私が彼女を支え続けよう。


 少なくとも今は、腕の中の莉々の身体の温かさだけが、ここにある永遠だった。

 

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夢はいつか醒めてしまうから 水上下波 @minakami_kanami

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