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映画を観た後は梨々花が作ってくれると言うので、彼女の部屋で夕食を食べた。今まで料理などほとんどしたことが無かったはずなのに、このごろ彼女は料理の練習をしているらしい。
メニューはハンバーグとサラダ、ご飯にコーンスープ。いたって普通の、これ以上ないほど家庭的な料理だった。
不安そうに私を見つめている梨々花に「美味しいよ」と伝えると、彼女は途端に照れたように「……花嫁修業、的な?」と言ってはにかむ。
この笑顔が私に向けられていたものだったら、どれだけ嬉しかったことだろう。私は梨々花を直視できなくて、つけっぱなしのテレビへと視線を逃がした。22時台のテレビの中では、芸人たちが自身の恋愛観についてあれこれ愚痴を交えながら、面白おかしく話をしていた。自分の愛するひとから愛されることに、何の不満があるというのだろう。
「そろそろ帰るよ」
とソファから立ち上がると、梨々花は慌てた様子で私の袖を軽く指でつまんだ。
「どうしたの?」
「えっと……泊っていって欲しいな、って」
梨々花は上目遣いで、窺うように私を見上げてくる。その表情は、愛嬌を振りまくことで生き抜いてきた小動物を思わせた。私がそっと頭を撫でると、梨々花は心地よさそうに目を細めた。
「珍しいね、そんなこと言うなんて。何かあったの?」
「実は、咲夜のことなんだけど」
ドキリとした。急に自分の名前が出て来たから。私が隆幸と呼ばれるようになってからは初めてのことだった。
「咲夜さんが、どうかしたの?」
精一杯の冷静を装って私は尋ねる。尋ねてからふと、どうでも良いことが気になった。私は生前の隆幸くんに"さん"付けで呼ばれていただろうか。今となっては、もう思い出せなかった。
「あのね、ちょっと前から、咲夜と連絡があんまりつかなくて」
その言葉に思わず笑ってしまいそうになる。私は梨々花の目の前に居るのに、どこにも居ないのと同じだ。例えば電話で話したとしたら、彼女はちゃんと私のことを認識してくれるのだろうか。恐ろしくてまだ試したことはないけれど。
「……忙しいんじゃない?」
「まあそうなんだろうけど。最近は全然会えてないし、なんだか寂しいよね」
「……そうだね」
「就職して疎遠になっちゃった友達も大勢いるけど、咲夜だけはそんなことないって思ってたから」
頭の中がカッと赤く染まっていくような気がした。私の存在を消してでも隆幸を生き返らせようとしたくせに。そう叫んでしまいたくなって、なんとか思いとどまった。
「ふたり、ホント仲良いよね」
「そりゃそうだよー。これまでずっと一緒だったから、咲夜は私の半身みたいなもので、やっぱり特別な存在だから」
そうだよ。私と梨々花は特別な関係で、ずっとそうでいられたはずなのに。
隆幸が憎かった。後からやってきてあっさりと私から梨々花を奪っておきながら、今度は梨々花から私という存在まで奪っていった。
私が本当に隆幸だったら、きっとこんなことで醜く嫉妬したりしなくてすむ。私が本当に梨々花の婚約者だったら、絶対に彼女を置いて死んでしまったりしないのに。絶対に寂しい思いをさせたりしないのに。
「んで、俺はその咲夜ちゃんの穴埋めってわけね」
私はわざと冗談めかして言う。梨々花と一緒にいると、本音を隠して笑顔を作ることばかりが上手になっていく。
「そういうわけじゃないけど……でも、そうなのかも?」
「ったく、仕方ないな。今日だけだからね」
そう言って、もう一度梨々花の頭を撫でた。
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