4


 映画を観た後は梨々花が作ってくれると言うので、彼女の部屋で夕食を食べた。今まで料理などほとんどしたことが無かったはずなのに、このごろ彼女は料理の練習をしているらしい。

 メニューはハンバーグとサラダ、ご飯にコーンスープ。いたって普通の、これ以上ないほど家庭的な料理だった。


 不安そうに私を見つめている梨々花に「美味しいよ」と伝えると、彼女は途端に照れたように「……花嫁修業、的な?」と言ってはにかむ。

 この笑顔が私に向けられていたものだったら、どれだけ嬉しかったことだろう。私は梨々花を直視できなくて、つけっぱなしのテレビへと視線を逃がした。22時台のテレビの中では、芸人たちが自身の恋愛観についてあれこれ愚痴を交えながら、面白おかしく話をしていた。自分の愛するひとから愛されることに、何の不満があるというのだろう。


「そろそろ帰るよ」

 とソファから立ち上がると、梨々花は慌てた様子で私の袖を軽く指でつまんだ。


「どうしたの?」

「えっと……泊っていって欲しいな、って」


 梨々花は上目遣いで、窺うように私を見上げてくる。その表情は、愛嬌を振りまくことで生き抜いてきた小動物を思わせた。私がそっと頭を撫でると、梨々花は心地よさそうに目を細めた。


「珍しいね、そんなこと言うなんて。何かあったの?」

「実は、咲夜のことなんだけど」

 ドキリとした。急に自分の名前が出て来たから。私が隆幸と呼ばれるようになってからは初めてのことだった。


「咲夜さんが、どうかしたの?」

 精一杯の冷静を装って私は尋ねる。尋ねてからふと、どうでも良いことが気になった。私は生前の隆幸くんに"さん"付けで呼ばれていただろうか。今となっては、もう思い出せなかった。


「あのね、ちょっと前から、咲夜と連絡があんまりつかなくて」

 その言葉に思わず笑ってしまいそうになる。私は梨々花の目の前に居るのに、どこにも居ないのと同じだ。例えば電話で話したとしたら、彼女はちゃんと私のことを認識してくれるのだろうか。恐ろしくてまだ試したことはないけれど。


「……忙しいんじゃない?」

「まあそうなんだろうけど。最近は全然会えてないし、なんだか寂しいよね」

「……そうだね」

「就職して疎遠になっちゃった友達も大勢いるけど、咲夜だけはそんなことないって思ってたから」


 頭の中がカッと赤く染まっていくような気がした。私の存在を消してでも隆幸を生き返らせようとしたくせに。そう叫んでしまいたくなって、なんとか思いとどまった。

 

「ふたり、ホント仲良いよね」

「そりゃそうだよー。これまでずっと一緒だったから、咲夜は私の半身みたいなもので、やっぱり特別な存在だから」

 

 そうだよ。私と梨々花は特別な関係で、ずっとそうでいられたはずなのに。

 隆幸が憎かった。後からやってきてあっさりと私から梨々花を奪っておきながら、今度は梨々花から私という存在まで奪っていった。

 私が本当に隆幸だったら、きっとこんなことで醜く嫉妬したりしなくてすむ。私が本当に梨々花の婚約者だったら、絶対に彼女を置いて死んでしまったりしないのに。絶対に寂しい思いをさせたりしないのに。


「んで、俺はその咲夜ちゃんの穴埋めってわけね」

 私はわざと冗談めかして言う。梨々花と一緒にいると、本音を隠して笑顔を作ることばかりが上手になっていく。

 

「そういうわけじゃないけど……でも、そうなのかも?」

「ったく、仕方ないな。今日だけだからね」

 

 そう言って、もう一度梨々花の頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る