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 幸隆というのは梨々花の婚約者だった男だ。

 大学の同級生で、元々は私の知人だった。私を介して知り合いになった二人は、あっという間に恋人になって、いつの間にか婚約者になっていた。

 

 私が言うのもなんだけど、幸隆は良い男だった。優しくて力強く、誠実で、梨々花だけを愛してくれた。世間的に見れば私なんかよりもよっぽど梨々花にお似合いの「王子様」だっただろう。

 こいつになら梨々花を任せられるって、そう思ったから、私は諦めたのだ。


 けれど幸隆は、もう居ない。


 彼が死んだのは、梨々花のせいだったらしい。

 車に乗って二人で出かけた帰りだった。飛び出してきた車にぶつけられて、そのままガードレールに突っ込んだのだ。注意深く運転していれば避けられたはずだったのに、助手席の梨々花が話しかけたせいで反応が遅れたのだという。


 連絡を受けて駆け付けた深夜の病院で、私の胸に縋りつき泣き続ける莉々を抱きしめながら、断片的な、そんな情報を聞かされた。

 

 本当のところは分からない。避けようのない事故だったのかもしれないし、疲労のせいで隆幸がボンヤリしていたせいなのかもしれない。けれど少なくとも、梨々花はそうは思っていない。

 ひとつだけ確かなことは、梨々花の目の前で、隆幸は身体中から血を流しながら、死んだ。


 病院のベッドで泣き疲れて眠る梨々花を見下ろしながら、自分の無力さに唇を噛んだ。梨々花はいつでも笑っていなければいけないのに。私にできることなんて、何一つなかった。

 廊下の外からは隆幸の母親がすすり泣く声がずっと聞こえていた。

 私はどうしてここにいるのだろう。彼女たちの家族でもなんでもない、ただの友人にすぎない私が。

 

 そうして一睡もできないまま迎えた翌日、目覚めた梨々花は、事故のことをすっかり忘れてしまっていた。それから虚ろな瞳で微笑み、私のことを「隆幸」と呼んだのだ。

 

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