1日目:Ⅲ 唯我、トウカと友達になる。
豪華な夕食を食べ終わり、俺は半年ぶりに、自分の部屋に戻った。窓から、神秘的な月の光が差し込む。夕食の時に聞いた話では、次のようなことが分かった。
・俺が元の世界に戻った後、何人かが俺を真似して狭間の神殿へ行こうとしたが、そこへ続く道は封鎖されたのか、狭間の神殿に行くことは不可能となってしまった。
・俺がいなくなった後は、諸勢力が乱立し、混乱状態に陥った。黄金の国、アップルナインの残党、海賊、山賊、その他諸々…。互いに勢力を拡大しようとしてはぶつかるという、無駄な争いを繰り返していたという。
・そんな中に一石を投じるかのように現れたのが、覇界王と魔奈嬢王の二人。服従を強い、従わないものは徹底的に破壊、虐殺する。世界は一気に緊張に満ちた。
そして、次々と世界を支配していく二人を、俺が止めたという訳だ。ある程度の小さい勢力はほとんど覇界王に吸収され、消滅した。黄金の国は辛うじて残っているらしいが。
さて、これからどうするか。元の世界に帰るとは言っても、狭間の神殿に行けないとなると、根本的な所から解決する必要がある。そう、管理者と直接対話する。幸い、狐のお面は俺に好意的な一面を見せている。上手く利用すれば、魂の迷宮からの脱出方法が分かるかもしれない。俺は例の燃える刀を見た。いつか必ず、これの謎も解き明かしたい。その為にもまず、管理者の謎を解く。これを目的としよう。
俺は立ち上がり、部屋を出た。少し外の空気を吸いたくなった。
○ ○ ○
展望台に着くと、そこには既に誰かがいた。足音を聞いたのか、人影は振り向いた。トウカか。俺は何も言わず、少し離れた場所にあるベンチに腰掛けた。しばらくの間、五月蠅いぐらいの沈黙が続いた。涼しくなったものだ。どうやら魂の迷宮にも、四季はあるようだ。
「あの…。」
一瞬、トウカが何か言いかけ、言葉を切った。少し間を開けて、俺は答える。
「どうした?」
「僕、邪魔ですか…?」
恐る恐る、トウカが言った。どうしたんだ、急に?
「お前は自分が邪魔になってると思うか?」
俺は尋ねる。トウカは一瞬目を逸らし、小さな声で答えた。
「分からないです、ご、ごめんなさい、変なこと聞いちゃって。今のは忘れてください。」
トウカはそのまま何も言わなかった。この空気感を、人々は気まずい、と呼ぶのだろう。またしばらく、沈黙が続く。
「出会ってまだ数時間しか経ってない、おまけにほとんど言葉も交わしていない。なのに、お前を評価できる訳がない。邪魔とかどうとかはその後の話だ。」
「…。」
トウカは、俯いて黙ってしまった。
「お前、俺が怖いのか?」
「…。」
「別にためらうことは無い。お前に怒った所で、何の意味も無いからな。」
俺は組んでいた足を戻した。少し肌寒い。
「ちょっとは、怖いです。っていうか、あんまり知らない人と話すの苦手で…。ご、ごめんなさい。」
トウカは慌てるようにして激しく首を下げた。
「そうか、俺には分からない。」
「えっ…。」
トウカは戸惑い、ためらうような顔をした。
「そんな顔するな。俺はただ、怖さを感じない、異常なだけなんだ。別格だと思え。」
「は、はい…。」
トウカは慌てて頷く。当然だ、記憶が無いのだから、不安で仕方がないのだろう。それぐらいは容易に推理できる。自分すら分からない不安。
「ごめんなさい、自分でも何が言いたいのか分からなくなって。ご迷惑をおかけしました。」
そう言って、トウカはその場を離れようとした。俺はその背中を呼び止める。
「待て。まだ話は終わりじゃない。俺は人と群れるのが好きじゃないが、約束したから仕方ない。お前とも行動を共にしなければいけないんだ。行動を共にする人間のことは、知っておいた方が後々有利になる。」
「やっぱり、聞いていた通りの人ですね。」
トウカは少し微笑んだ。
「何を聞かされたのかは知らないが、俺はお前を知らないといけない。」
俺はベンチの端に寄った。座れ、と、トウカに合図をする。トウカはゆっくりと、ベンチに腰掛けた。
「僕、記憶が無いから、自分が何者か分からなくて、怖いんです。おまけに特に役にも立てていない。僕なんて、必要とされてないのかなって思う時があるんです。もちろん、頼果さんたちは優しいし、仲良くしてくれてる。でも、記憶が無いから、それ以上に不安で…。」
「そりゃそうだ。記憶が無くなって不安になるのは当たり前だ。」
俺は続ける。
「人生ってのは、半分が過去で、半分が未来だ。思い出を忘れたお前の人生は、未来にしか残されていない。人一倍不安なのは当然なんだよ。」
「当たり、前…?」
「あーそうだ。それでいい。俺は逆に、お前がうらやましいよ。俺は何でも出来る。だから、不安を感じられない。俺達は、似てるのかもしれない。」
「僕が、唯我さんと…?」
「ああ。頼果はお前をトウカと名付けた。暗闇を照らす灯火だ。そして俺は、夜の闇を照らして朝にする、太陽だ。同じようなもんだろ?」
「灯火と太陽なんて、月とすっぽんレベルで違うじゃないか、馬鹿にしてるんですか?」
そうトウカは呟き、クスッと笑った。やっと笑ったな。俺が感情を取り戻した時の頼果の気持ちが分かった気がした。
「僕を、仲間として認めてくれますか?」
トウカが言った。俺は夜空を見上げながら言う。
「お前がそれを、望むなら。」
隣でトウカも、俺と同じ夜空を見上げた。お前もいつか、太陽になれる。
○ ○ ○
「まさか、日野唯我が戻って来ただって?」
普段大人しい狐のお面の声が、珍しく響いた。なんで…。狐のお面は戸惑うように呟いた。
「はい、彼が覇界王と戦って勝利した所を目撃しました。」
そう言ったのはパンダのお面だ。
「いいじゃんいいじゃん、面白くなってくるよ。ここ最近、ずっとグダグダだったからね。覇界王と魔奈嬢王も、まだまだこれからだしさ。」
そう言って、兎のお面が楽しそうに飛び跳ねた。
「またあいつか、厄介だな。この世界の秩序が乱れる。この世界に、太陽は二つも要らないんだよ。」
虎のお面は腕組みをして、唸るような低い声で言った。
「いいのいいの、太陽が無きゃ、月は輝けないんだ。きっと望月頼果にも多かれ少なかれ、何か影響あると思うよ。」
兎のお面は楽しそうに笑う。
「望月頼果、お前はあんなにあいつが好きなのか?」
虎のお面は尋ねた。
「うん、だってあの子、可愛い顔の裏にエッグい過去背負ってるんだよ。どうなるのか楽しみすぎる。あ、そうだ、もうそろそろ閻魔の武器のこと教えたいんだけど、いいよね?」
「お前、駄目に決まってるだろ。武器を五つ揃えれば、死者を蘇生できる。この世界どころか、現世の秩序すら揺るがせる、禁断の行為だぞ。分かっているのか?」
「ハイハイ、分かったよ。頭固いなあ。チェッ、折角面白いネタがあるのに…。」
兎のお面は舌打ちをしてつまらなさそうに言った。
「いいか、分かっているな?」
虎のお面は強く言い放つ。兎のお面は相変わらず不服そうな顔で聞いていたが、突然何かを思いついたかのように言った。
「そうだ、新しいゲームを始めようよ!前回優勝者の日野唯我を捕まえた人が元の世界に帰れる、ハンターゲーム。楽しそうでしょ?」
兎の発言に、虎とパンダは軽く頷いた。狐は何も反応せずに黙っている。
「そうと決まれば話は簡単。参加者の皆にルール説明しに行くよ。」
兎は虎とパンダの肩に手を置くと、宮殿の入り口の方へ向かった。
「君は日野唯我に何か思い入れがあるんじゃないの?ねえ、教えてよ。」
兎は通りすがりに、その場で動かないでいる狐の肩に手を置いた。
「何だっていいじゃないですか。僕は他の役目があるんで、これで失礼します。」
狐のお面は兎の手を振り払うと、足早に広間を出て行った。
「全く、隠すこと無いと思うんだけど。ねぇ。」
兎のお面は右隣を歩くパンダのお面に同意を求めた。
「そうですね…。」
パンダのお面は上の空だ。
魂の迷宮(下書き) 日野唯我 @revolution821480
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