1日目:Ⅱ 唯我、仲間と感動の再会をする。

「ゆ、唯我さん…?」


 驚いたような顔で、痛みをこらえながら圭が言った。みんな、顔は泥で汚れ、あちこち傷だらけだ。早く手当しないといけない。


「え、どういうこと?戻って来たの?」


 伊織も、まるで夢を見ているかのような顔で俺を見る。


「ああ、もう大丈夫、変な奴らは帰った。」


「ありがとう、唯我さん。」


 湊も、俺を見て微笑んだ。


「一旦、建物に入るぞ。ついて来い。」


 俺はあの城に向かった。相変わらず、滅茶苦茶な造りだ。結局ここでは三日間しか過ごさなかった。懐かしいかと言われれば、間違いなく懐かしいと答えるが。


  ○ ○ ○


「聞きたいことは山々ある。まず、こいつは誰だ?」


 俺は、椅子に腰かけると、傍に立っていた青年を見た。身長は普通ぐらい、若干細めの体型で、目元ギリギリまで黒い髪の毛がかかっている。さっきからずっといるが、内気な性格なのか、一向に俺に話しかけてこない。


「その人はトウカ。一ヶ月ぐらい前に、私たちに加わったの。」


 伊織が言い、トウカと呼ばれた男の背中を軽く叩いた。


「ほら、これが言ってた、日野唯我。自分勝手で口が悪いけど、根はいい人だから安心して。」


「は、初めまして。よろしくお願いします。」


 伊織に促されるようにして、トウカは俺に挨拶をした。俺も軽く頷く。


「分かった。こちらこそよろしく。」


「ど、どうも…。」


 口をもごもごさせてトウカは言った。人と話すのが苦手なようだ。俺とは目を合わせようとしない。


「トウカって、私が名付けたの。いい名前でしょ?」


 頼果が自慢げに言った。お前が名付けた?どういうことだ?人をペットみたいに扱っているのか…?


「トウカは、記憶喪失なんです。魂の迷宮に迷い込んだ時、記憶を全て失ったんだと思います。」


 圭が言った。記憶喪失、か。


「そう。名前も覚えてなかったから、私が名前考えてあげたの。暗闇を照らして、記憶も希望も取り戻す、灯火になってくれる。そんな気がするから。」


 微笑む頼果とは裏腹に、トウカは複雑な表情をしている。


「ぼ、僕には暗闇なんか、照らせない。そんなに期待しないでください。」


「大丈夫っすよ、トウカ。記憶が無くて不安なのは分かるけど、僕たちがいるから。それに、これからは唯我さんもいる。全部取り戻して、元の世界に戻りましょうぜ。」


 トウカを励まし、湊は俺を見た。


「僕たちのために、戻って来てくれたんっすよね、ありがとう。」


 俺は深く頷いた。


「ああ。半年ぶりに、戻って来てやったよ。長い長い夜は明けた。そして、感情を取り戻した俺は、本当の意味で最強だ。俺達みんなで帰ろう、元の世界に。」


 俺は五人を見た。やっぱり、戻って来て良かった。俺は必ず、元の世界に帰る。今度は、今度こそ、仲間と共に。


「いい感じの雰囲気の中、水を差すようで申し訳ないんだけど、あのさ、唯我…。」


 伊織は、傍にあった棚から一冊の本を取り出した。それは、俺が狐のお面から貰った秘密の禁書…。


「唯我が元の世界に戻った後、唯我の部屋を片付けてたらこんなものが出てきてさ。もしかして、何か知ってたの…?」


「ああ、読んだのか?」


 案の定、と言った風に、伊織は溜息をついた。


「うん、読んだよ、皆で。なんでこんな大事なこと、教えてくれなかったの?まあ、あんたのことだから、聞かれなかったから言わなかった、とかなのかも知れないけどさ。」


「それは、悪かった。約束だったんだ、この本を渡してくれた人との。」


 脳裏に、狐のお面が映る。


『この本は禁書です。決して誰にも見せてはいけません。もちろん、私がこれを渡したことも言ってはいけません。』


「約束?誰との?私たちに隠してたってこと?」


「まあまあ、誰にでも言えない事はあるんですから…。」


 責め立てるような口調で問い詰める伊織を、圭が止める。


「それは、言えない。この本を受け取った時に言われたんだ。誰にも見せたら駄目だし、誰から渡されたかも秘密にしろと。」


「…そう。」


 伊織は黙った。悪いな。あの時は感じなかった、謝罪の念というものを感じた。


「なるべく、秘密はやめてね。私、あんたのこと信頼したいから。裏切られたく、無いから。」


 そう言えば、伊織は友達に裏切られた経験があったんだったな。亀山遥と言ったっけ、アップルナインについていた奴。確かに禁書のことを知られた今、誰から貰ったかは言っても言わなくても大差は無いように思える。


「分かった、なら、俺とも約束するか?これから言うことは、ここだけの秘密だ。」


「もちろん!だーれにも言わないよ~。」


 頼果が張り切って答えた。お前が一番危ないんだよ。


「それは、狐のお面から貰った。」


「狐のお面って、あの狐のお面?たまに出てくるあれ?」


 語彙力の低さを露呈しながら、頼果が尋ねた。


「ああ、そうだ。あいつは何度か俺を助けた。理由は分からないが。」


 俺は言った。なぜ、俺だけに禁書を渡したのだろうか。世界の根幹に関わる情報を与えるなんて、俺を優遇しすぎじゃないのか?


「ねえねえ、おなか減った。そろそろご飯食べようよ、話の続きは食べながらでいいじゃん。」


 長い話に堪えられ無くなったのか、頼果が言った。今にも食堂に向かおうとしているな。ちょっとは静かに話を聞いているトウカを見習え。


「今日は豪華にしてよ、なんせ、唯我さんが帰って来たんっすから。」


 湊は嬉しそうに、トウカに言った。


「トウカ、マジで料理上手いっすからね、唯我さんも期待しておいてよ。」


「あの、あんまりプレッシャー与えないで…。」


「大丈夫、僕も手伝うからさ。」


 湊とトウカは一緒にキッチンに入って行った。それを頼果が追いかけていく。相変わらずだな。俺は呟いた。


「あ、今笑った?」


 伊織が言った。俺は黙って右斜め上に目を逸らす。


「そっちも相変わらずね。帰ってきてくれて、ありがとう。」


「ほんとに、ありがたいです。」


 伊織と圭が、口々に感謝してくる。


「あんまり同じ言葉を擦るな。有難みが薄れるだろ?」


 俺は立ち上がった。これから皆で、同じ釜の飯を食う。

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