9章 夜明けの太陽

1日目:Ⅰ 唯我、この上なくカッコよく登場する。

 もう、終わりだよ。私は起き上がる力すら残っていなかった。全身が痛む。引き裂かれた服の袖の下から、傷ついた血だらけの腕が見える。多分、足も同じぐらい怪我してると思う。


「頼果さん、大丈夫…?」


 隣から、微かに湊の声が聞こえる。返事をしようとしても、声が出ない。遠くの方で伊織と圭、そしてトウカが倒れているのが見える。空を暗雲が覆い、辺りが一層暗くなった。誰か、助けて。このままじゃ、私たち死んじゃう。こんな時、あの人がいればよかった。でも、彼はもういない。半年前、たった一週間だけ私たちの前に現れた、導きの太陽は。祈るように、私は呟いた。助けて、助けて、唯我…。


 今、私たちは最悪の状況に置かれている。


 かつてこの世界「魂の迷宮」には、大きく分けて三つの勢力があった。アップルナイン、黄金の国、日野唯我。一つだけ個人名なのは、彼があまりにも強かったから。今いる私の仲間で、トウカを除く四人――私頼果、湊、伊織、圭――は、半年前、日野唯我と一緒に戦っていた。アップルナインの国王、不和龍一郎を倒した唯我は、黄金の国の大統領であり、また数少ない親友でもある摩乃秀に譲られて、頂点に立った。私がこの世界に来てからたったの一週間の出来事だった。でも、絶対に忘れない。約束したから。


 あの時までは、よかった。唯我という強力な柱を失った私たちは、段々周りの勢力から押されるようになった。黄金の国とはまだいい感じにやれてるけど、その他の勢力がどんどん強くなって来ている。東側に広がる海には海賊、北の山脈には山賊、そして西側にはアップルナインの残党が残っていた。次第に黄金の国からの援助も減り、私たちは防戦一方だった。とは言っても、私は何も戦えないんだけど。


 他にも勢力は増えて来た。私は頭悪いから全然覚えられないんだけど、伊織とか圭とかはキッチリ覚えてるはず。アップルナインの残党が分裂したとか、強いけど全く戦おうとしない人がいるとか、噂は耳にするけど、とにかく大事なのは、私たちが絶望的に数が少ないこと。一ヶ月程前に、記憶喪失だと言う男が仲間に加わった。名前も覚えてないと言うから「トウカ」と名前をつけてあげたんだけど、引っ込み思案で虚弱体質。私が言えたことじゃないんだけど、強くは無かった。


 そんな感じで、かなりの間、ごちゃごちゃしてた。でも三週間前、そんな混乱の中に一石を投じるかのようにして、ある日突然現れた。恐ろしい敵が。一瞬にして次々と勢力を拡大した覇界王はかいおうと名乗るそいつは、恐ろしく残虐だった。体も大柄で、マッチョだ。ヘビーメタルのファッションで、モヒカン刈りをしている。リアルでモヒカンの人、私初めて見た。


 噂によれば、何の躊躇いも無く人に暴力を振るい、たまに殺すこともあるとか。アップルナインの残党を襲撃して復活者を小瓶に入れて召喚する技術を奪い、大勢の幽霊の軍隊を従えている。覇界王と行動を共にしている金髪の女もいて、魔奈嬢王まなじょうおうと名乗っている。地雷系の黒いドレスに身を包んだ彼女は、人の動きを止める魔法を使って覇界王の手助けをする。何で私がこんなに詳しいかって?今、そいつらが目の前にいるからだよ。


 次々と侵略を続ける二人は、遂に私たちの暮らす、あの意味不明な建物付近までやって来た。私たちは当然立ち向かう。けど、湊も、伊織も、圭も、みんな一撃で気絶した。逃げ出そうとした私とトウカの動きを、魔奈嬢王が魔法で止めた。覇界王に殴られて倒れた所に、爆弾が転がって来た。私たちは全員吹き飛ばされ、ボロボロになった。


  ○ ○ ○


「お、いいねぇー、近くで見たら結構可愛い顔してるじゃん。虐めたくなるねぇ。」


 近づいてきた覇界王の太い腕が、私の髪の毛を掴み上げ、頬を撫でる。寒気が全身に走った。気持ち悪っ。


「ちょっと、あたし以外の女に可愛いとか言わないで。ほぼ死体のブサイクじゃーん。」


 ケラケラと甲高い笑い声を立てて、魔奈嬢王が言った。マジで、何なの…、私、顔には自信ある方なのに…。でも、言い返す声すら出ない。体力が限界。冗談じゃなくて、ホントに死にそう。


「なあなあ、君、俺に永遠の服従を誓うか?」


 覇界王が私の首を握る。息が、出来ない。ジャラジャラと腕輪が鳴る音が、段々小さくなっていく。マジで、死ぬよ…。


「ほーら、早く答えたら?服従か、死か。」


 私の顔を覗き込んで魔奈嬢王が笑う。私の目からは涙が零れていた。怖いよ、助けてよ。ここで死にたくないよ。私、元の世界に帰る。それから、唯我に会う。それまでは死ねない、あの人の所には行かない。必死に、首を掴む手を引っ搔くけど、覇界王には痛くも痒くもなさそうだ。


「あれ、お前、いいもの持ってんじゃん。ちょっと頂戴よ。」


 いきなり覇界王が私を突き倒した。頭を強打して、私は痛みを堪えた。覇界王は、私の腰に差された刀を奪い取る。


「返して!それは、あんたらの物じゃないから!」


「お前、自分じゃ使ってなかったじゃねえかよ。これを豚に真珠って言うんだぜ。俺の物にしてやるよ。」


 覇界王は笑い、刀を眺めた。確かに、私には使えないよ。それは、唯我の刀だから。でも、あの日からずっと、守ってきたんだよ。私は必死に叫んだせいで、せき込んだ。口から血が出る。痛いよ、苦しいよ、助けて、助けて、唯我…。


「おおー、カッコいい鞘だなあ、刀身はどうだろ。」


 覇界王は刀を抜こうとした。その時だ。


「お前じゃ、無理だ。その刀は使えない。」


 どこからともなく聞こえて来たのは、自信に満ち溢れたあの声。まさか…。覇界王と魔奈嬢王は、当惑したように辺りを見回している。


「だ、誰だ…?」


「何でお前らに名前を教えなきゃいけない?」


 聞き覚えのある声が聞こえた次の瞬間、覇界王は数メートル吹っ飛んだ。倒れた覇界王は、燃える刀を落とした。それを拾いに来る、余裕そうな後ろ姿。間違いない。


「よ、元気か?」


 右手に刀を持ち、顔だけ振り向いたその姿。燃えるように輝く瞳は、まるで太陽のようだ。夢じゃ、ないよね…?そんな私の心を見透かしたような顔で、唯我は言った。


「よかったな、俺が来てやったんだぞ。もっと喜べ。」


 私を見て笑ったその笑顔は、本当に嬉しそうだった。


「遅い、遅すぎる。可愛いヒロインが傷だらけになるまで待たせといて…。罰として、こいつらを倒して。」


「あぁ、そのつもりだよ。」


 そう言うと、唯我は刀を鞘から抜いた。赤橙色の炎が辺りを照らす。暗い雲が晴れ、辺り一帯は暖かな日差しに包まれた。


「俺の友達を傷つけたな?許さない。」


「だから、テメー誰なんだよ。俺に楯突くなら、命はねーぞ。」


 覇界王は唯我を睨む。唯我は刀を構えすらせずに、平然と突っ立ったまま動かない。


「お前、ガリガリで弱そうだな。さっき蹴られて吹き飛んだのは、当たりどころが悪かっただけだ。俺が本気を出せば、お前なんか小指で息の根止めれるぜ、ハッハッハ。」


「確かに、さっきお前が吹き飛んだのは、お前にとって当たりどころが悪かっただけかもしれない。だが俺が、当たりどころの悪い場所に百パーセント命中させると言ったら、お前はどんな顔をする?」


「へッ、口だけは偉そうだな。気に食わねぇ。問答無用で殺してやる。」


 覇界王は、唯我に向かって手を伸ばす。危ない、あの技を使われたら、湊も、伊織も、圭も皆、一撃で気絶させられた。唯我、避けて!私は叫ぼうとしてむせ返る。駄目だ、声が出ない。爆音が轟き、覇界王の手から衝撃波が繰り出される。私は思わず目をつぶった。


「ハッハッハ、無様に転んで、可哀そうだなあ。じゃ、殺してあげるぜ。」


 見ると、覇界王は仰向けに倒れた唯我の頭に、メリケンサックを装着した拳が向かっていく。ヤバい、どうするの…。


「おい、どこ殴ってんだ?そこは地面だぞ。」


 気が付いた時には、唯我は覇界王の背後に立っていた。


「なに…?」


「遅いんだよ。そのデカい図体、もうちょっとスリムにした方がいいんじゃねえか?俺みたいに。」


「んだと、馬鹿にしやがって、魔奈、今だ。」


「あいよー。はい、もう動けませーん。覇界王怒らせちゃったね。せいぜい痛みながら死んで。アハハハ!」


 甲高い声で、魔奈嬢王が笑った。唯我は棒立ちのまま動けなくなった。覇界王が殴りかかる。今度こそ、絶体絶命…。


「アチチチチ、も、燃えてる…?」


 破壊王は素早く拳をひっこめた。唯我の刀から炎が噴き出し、体を包んで守っている。


「残念だったな。お前らじゃ、俺は倒せない。」


 おなじみの煽り文句を吐くと、唯我は刀を構えた。


「安心しろ、俺は人は殺さない。」


 一瞬の間に、唯我は破壊王の傍を、刀を振って通り過ぎた。次の瞬間、メリケンサックが真っ二つに割れ、地面に落ちた。


「次は、服を燃やすぜ。嫌なら帰れ。」


 唯我は退屈そうに首を回した。覇界王は一瞬の出来事を受け入れられないのか、呆気に取られた表情で突っ立っている。


「は、負けた?」


 魔奈嬢王が私の方を向き、困惑したように言った。


「そう、あんたたちの負けだよ。唯我はね、最強なんだよ。」


「あり得ない、私たちが負けた…?冗談言うな‼」


 魔奈嬢王が私に向かって何かを投げて来た。爆弾…?


「避けろ!」


 唯我の声がしたかと思うと、私は地面に突き倒された。爆発音が轟く。


「あり、がと…。」


 私は起き上がった。突然、目の前に黒焦げになった魔奈嬢王の姿が見え、私は思わず噴き出した。


「プッ、ボロボロじゃん。」


「いいか、爆弾を投げるときは、撃ち返されないように注意しろよ。」


 刀の鞘をバットの様に構え、唯我は笑っていた。


「今度会った時は覚えておけよ!テメーの顔、覚えたからな!」


 覇界王はそう吐き捨て、魔奈嬢王と一緒にフラフラとよろめきながら引き返して行った。


「あのセリフ、まさに小物って感じだな。」


 唯我は刀を鞘に納め、空を見上げながら言った。


「じゃあ、これからもよろしくな。ってことで、今の勢力を教えてくれ。半年ぶりだから、何も分からないんだ。」


 唯我はいきなり話し始めた。ちょ、相変わらず切り替え速すぎるよ。


「え、じゃあ、一緒に行動してくれるの…?」


「そういうことだ。理解が早くなったな。」


 唯我は軽く笑った。笑ってる唯我は、前よりも輝いて見えた。

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