折れたクロユリ
鈴イレ
ep1:黒百合のおとぎ話
——そう。それは唐突に始まった。
「さあ、ゲームを始めましょう」
GM——ゲームマスターの笑っているような不気味な声。異様に低い声が食堂に響く。ただそれ以外はざわつく親友たち。私を含めて数は10。
「ゲームは簡単。今からあなたには鬼ごっこをしてもらいます」
そのピエロのような能面被りは大きな身振り手振りを加えてケタケタ珍妙に笑う。
あるいは人形芝居を踊らされているのか、それともただの傍観者なのか。
「その鬼とは……」
ピエロが言葉を止め、青ざめた人差し指をはじいて鳴らす。そこへ半半秒のスポットライト、女性陣が醜悪な姿に「キャッ!」と悲鳴を上げる。
大きな影。暗殺者そのもの。黒いレインコートのごときボロボロのフードを被り、穴と穴から見える人肉がわずかにくっついた両腕で身長を優に超す大きな鎌を握る。朱き目はまさに黒幕。奇怪的な金切り声が不安を煽り、そしてケタケタ微笑んでいる。
「長い長い悪夢の始まりです。誰が生き残るのか、誰が裏切るのか、何を望むのかの戦い。これは戦争を知らない子供の
その言葉が引き金だった。
「逃げよう!」と
あたしはまばたきをした、その刹那だ。目の前の杏沙が膝から崩れ落ちる。
皆が言葉を失った。
皆が各々の悲鳴を上げた。
杏沙の胸から鮮やかな赤色が溢れている。うつぶせに倒れ込み、そのまま動かない。
そう……。このゲームは——戦争を知らないあたしの、あたしたちの禁じられた遊び。
ep1:黒百合のおとぎ話
黒づくめの暗殺者から逃げる時に私・
本当なら
肌に感じるのは熱くも寒くもない気温。だが心の温度はこれでもかというほどに冷たい。
ふと恐怖から解放された時には図書室の近くにいたのだ。あたかも引力が働いているかのように、そこに何か運命でもあるかのように。でも、運命という物はあながち間違いじゃないかもしれない。全く、皮肉なことだ。
小6、岩国の小学校で居心地が悪かった時期に私は図書室に通っていた。本は嫌なことから解放される。それだけをただただ一種の宗教みたく信じていた。その時期の癖は今も名残惜しそうに残っていたのだろう。だから鈴山中学校をほぼまるパクリしているだけあっていつもと同じ場所に図書室は口を開けていたのだ。
テーマが夜の学校ということもあって、ほぼ真っ暗の中いびつな満月から降り注ぐ月光だけが僅かな光源として取り残されている。既に中に誰か、仲間か暗殺者かいるとも事も考えたが、私は満足感と安心感に似たなにかが入り交じり、考えすら、思いもしなかった。
思わず駆け込むように図書室に入った。足に黒いショートソックスを履いているので音もなくただ駆け込んだ。真っ先に見えたのは今週のおすすめと評される花柄の厚い本。いかにも読んでくださいというポジションにおいてあるのだからきっと小説のように、ゲームのヒントが少しくらいはあるかもしれない。でも、ここにトラップの一つや二つあってもおかしくない。
結果的に、私は賭けに出た。今、私のような無知な状態が一番危ないのだ。この仮想空間の死、直渉の死を目の前にして、行動を起こすのはもちろん怖かった。だけど、それ以上に何もできないまま終わるということの方が、あの時と同じになるということの方がもっと怖かったと思う。
本を手にして開く。すると本は魔法がかったように動き、所定のページを開いた。その見開き1ページには深紅の文字と挿絵が僅かに残されていた。筆記体であたかも幼稚園児が描いたような絵日記。そして私はその事実を知って後悔した。今私の目に映る文字はなぜか、もうどこか分かっていた気がしたのだ。逃げ惑う途中に感じた大切な何かが壊れた感覚。
『このにっきてにしたひと。あたししんだ。はんにんかなえ、しにがみ。しゅはん。だから、あたしの、あたしのかたき。』
この字をを読んだだけで私はもう察した。背筋が凍りそうだった。我すら忘れてしまいそうだった。これが嘘だと切に願った。
……この中学校に来て初めての友達。凍りついていた心を溶かしてくれた暖かい笑顔。自分勝手だけど誰よりも優しく、明るく、少々強引強情な一番の、最愛の親友。まだ何も返せていない。だが、彼女が先に死んだ。何故なら……。
——彼女は自分のことを「あたし」と呼んでいる。
ただフィクションであって本物の彼女の日記ではないかもしれない。
血まみれになっているショートヘア。だがよつばクローバーのヘアピンがつけてあることを強調して描かれれた紺ブレザーの少女。クレパスで描かれた少女。それはまさに……。
「
私は誰にも聞こえないように呟いた。かすれた少女の声。それが光と音を吸収する空間に吸い込まれていった。魔導書の黒い字がにじむ。涙があふれていることすらどうでもいい。こんな暗くて怖い感情。親友の死というのはこんなにも怖くて、寂しくて、悲しくてどうしようも、やりようも無いものなのだろうか。
この混ざって真っ黒になった感情を……。
——美奈ちゃんなら、どうするのだろうか。
気にしてもいないのだろうか。それとも考え抜いて、ネガティブじゃだめだと分かって明るくふるまうのだろうか。
——でも私にはどっちもできない。
日記は次のページをめくるとそこは空白のまま。次もその次もその次の次も。結局、本を閉じた。閉じた拍子にほこりが少し舞う。だが代り映えない暗黒の表紙。
静寂の夜。満月が4階ともあってかなり近く見える。代り映えの無い空間。いや、正確には、代わり映えのしなかった空間だった。
「あなたはだあれ……?
そう、あなたはただひとり。
誰が為に魂を刈り取る、ワタシのリカイシャ、死神。」
「え?」と声を漏らした。後ろから声がしたのだ。それも、最愛の彼女の声なのだ。私は夢中で後ろを振り向いた。
焦燥に駆られた少女を眺める少女が一人。それは彼女の真後ろに現れた。
「江坂?」
凍る背後を振り向く彼女。身震いしたかった。声の主は……、
「美奈ちゃん、いや、でも、どうして、ここに……?」
——否、しってるはず。何故なら、私が……。
この瞬間で、彼女は死神ということに気づいた。みんなを殺してきた狂気の殺意のまなざしを真に感じる。足が震えて身動きがとれない。逃げなきゃと少女の心が悲痛に叫ぶ。
ふと、『あの』刹那が頭をよぎる。死に際に見せた赤い噴水。
——そう、すべて知ってる。
死神が少女に飛びついた。身をむしばむ酷く冷たい何かが体にふれる。肌は冷たかった。視界が点灯する。息が苦しい。
——ここに美奈がいる理由。それは……、だめだ思い出せない。
答えは出かかっているのに肝心のあと一つが出てこない。いや、事実をかたくなに否定したいだけなのだ。
そう、ここには誰もいない。
もう、ここには、人と呼べるものは誰も存在しない。いや、そもそも「いなかった」とでも著すべきだろうか。
「何をするの? 優日ちゃん!?」
最後、暗闇の中で、彼女はまた一つ笑う。
そう、これが私の、このゲームでの立場。
——やっと、思い出せた……。
美奈を殺したのは、ほかでもなく私だ。私・江坂優日なのだ。直渉を殺したのも、私の仲間なのだ。死神とは私のことだ。
どうして人間の意思を取り戻していたかは分からない。
でも、もう忘れよう。必要のないことだ……。
「ありがとね。美奈ちゃん。これで私は吹っ切れたよ」
そう宣言に似た言葉を発すると美奈は息絶えた。そう、美奈はもう息をしない。私はまた出くわした者たちを狩りとることになる。それが誰であろうと、たとえ、最愛の美奈だとしても……。
愉悦の笑み。赤い瞳を光らせて、鎌を左手に一つ振り下ろす。図書室の入り口に戻って私はこうつぶやいた。
「変わるのってこんなにも残酷なんだね」
死神の鎌に鈍く写る微笑みと血に飢える狂気を添えて……。
そう……。このゲームは——戦争を知らない私の、私のための禁じられた遊び。
◇ ◇ ◇
In to the nightmare more.
episode1 Tales of the Black Lily(ED)
*ここでゲームをセーブしました。
折れたクロユリ 鈴イレ @incompetence
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