第3話 彼女の標的

「…………っつ」


 人ならぬ有り様に恐れ戦きつつも、"皮膚の代謝は人にもあること"と自分に言い聞かせ、ぺりぺりと皮をがしていく。

 そして全身を脱ぎ終えた時には、私の顔は以前のままに。


 傷ひとつ、ほくろひとつない滑らかな肌に戻っていた。

 脱いだはずの皮は、いつの間にか消え去っている。


「本当に……、夢じゃない……」


 感極まって鏡を見ていると、ヘビが楽しげな声を出す。


「さあ、部屋から出よう! まずは何をする? アンタを閉じ込めた連中に地獄を見せる? 父親や義妹を同じ目に、いいや、もっと凄惨な目に遭わせるか? 目を繰り出し、足を砕いて手を折って……」


 ヘビが嬉しそうに提案してくる。

 私はそんなヘビの言葉を遮った。


「今夜は確か……。王家主催のパーテイーがあるの」


「へえ?」


「毎年恒例の夜会で、私もまだ健在だったから、ずっと以前に招待状も貰っていて……」


「ふぅん?」


「私、それに行きたいわ!!」


「ほう?!」


「王太子殿下の婚約者はレジーナに定められたけど、でも、私はずっと王太子妃になるために育てられてきたの」


「王太子ィ? この国の王子エルナンは、凡庸な男だって聞くぜ。どうでもいいような相手じゃないか。それより大事なのはまず復讐だろ?」


 ヘビの言葉に、私は首を横に振る。


 王太子が凡庸かどうかは関係ない。

 私は、王太子妃になりたい。



 だって幼い頃からそのために、遊ぶ間もなく努力してきた。


 ぽっと出の義妹に、みすみす妃の座を渡したくない。


 ましてや手段を選ばず、邪魔者を蹴落とすような性格のレジーナを王妃にしてしまったら、将来国が乱れ、民が苦しむことになる。



 私は。

 学業や礼法を学ぶ中で、ひとつの夢を抱いた。

 


 私が権力を握ったら、この国をもっとより良いものにしたいと。



「ま、待て。つまりアンタが悔しがっていたのは……」


「そうよ! 私の力を、人々のために使うことが出来なくなってしまうからよ! 閉じ込められてしまっては、世に何の貢献も出来ないまま、終わってしまう」


「待て待て待て、そうじゃないだろ。煮えたぎる思いで復讐を果してこそ、ドロッドロの人間の本懐じゃないか」


 なぜかヘビが慌てている。


「復讐は後回し。私は野望のために動く」


「お、おお? 野望──ってまさか、"国を豊かにしたい"とかいう」


 ヘビの疑問に頷いて肯定する。

 そうだって言ってるじゃない。


「王太子妃になるために、まずは義妹から婚約者を奪うつもりよ」


「ああ、そうだなっ。まずアンタの義妹いもうとの罪を明らかにして、復讐に持ち込まないとだよな?」


「復讐はだから……。まあ、成り行き次第ね」


「成り行きィ? そんなオマケみたいに! アンタの人生を奪ったんだぞ? オレが来なければ、アンタは醜く痛む顔を貼り付け、一生閉じ込められてた」


「ええ、感謝するわ。魔族のヘビさん」


「ち……ちっがーう、感謝じゃない。オレが欲しいのは感謝じゃなくて、怨念こもったアクションなんだ!!」



 何故ヘビが苦悩しているのかわからないけれど、夜会に出るなら準備を急がないと。

 王太子殿下に挨拶して、誘惑して、義妹から婚約者の座をる。


 ちまたで、"顔と生まれが良いだけの凡愚太子"と揶揄やゆられようと、エルナン王子は絶大な権力を持っている。

 国の隅々まで政策を行き届かせる、力と財力を!!



「くそぅ、こんなはずじゃ……。このままじゃあの御方・・・・が言った通りになる。だが見届けないと……」


「ブツブツと何を言っているの? メイドを呼んで仕度をするわ。新しくドレスを仕立てることは出来なかったけど、一度も着たことないパーティー用があるし」


「ええい! オレも連れていけ!!」


 そう言うとヘビは、くるりと私の腕に巻き付いて、指まで伝い、行きついた時には小さく細い、指輪となった。

 黒い地金に、赤い石が光っている。


「??!」


『オレも行く。こうやってつながってれば、アンタと心で会話が叶うから、喋る必要はないぞ』


 契約相手を見張るためだろうか。ヘビは私について来るという。

 私は了承して、夜会のための準備を始めた。


 父も義妹も先に会場入りしていて、もう屋敷にはいない。


 小部屋から出てきた私を見て、使用人たちは驚き、すっかり治っている顔に息を呑んだ。


「奇跡だ……!」と泣いて喜んでくれたけど、その奇跡が魔族ヘビとの契約だと知ったら、きっと皆恐れるだろうから、絶対に秘密。


 使用人たちが私を気遣って、触れないよう遠巻きに心配してくれていたことを、私は知っている。

 だてに十八年間、一緒に暮らしてきたわけではないのだ。


 "夜会に出たい"と伝えたら、家令はすぐに仕舞いこまれていた招待状を取り出し、メイドたちは着替えと化粧を急ぎ、玄関前には豪華な馬車が用意された。


 父や義妹には、現地で合流、事後報告という形になるが、まあ、いいだろう。


 私は私の持っていた未来を、取り戻しに行くだけ。



わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ)



 そして王太子妃になって、この国に尽くす。

 

 指輪に合わせた赤いドレスを翻し、完璧な装いだと確認すると、私は王宮へと向かった。

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