第5話 殿下の思惑

「そんなっ。エルナン殿下、一体どういうことですの? よもやその女狐メギツネに何か吹き込まれましたか!!」


 姉を"女狐"呼ばわりしながら、レジーナが進み出てきた。

 

「口を慎むと良い、レジーナ嬢。きみが卑劣な手を使い、クリスティナ嬢に危害を加えたことは、すべて明らかになっている」


「なっ……、なっ……、根も葉もない言いがかりです、殿下! 何の証拠があって──」


「証拠なら揃っている。きみは逆らえないメイドを使って、クリスティナ嬢に酷い火傷を負わせたそうだな。他にも彼女を貶めるため、様々な画策をしていた。そんな女を、このまま王太子妃にするわけにはいかない」



(えっ……?)


 どうして殿下がそのことをご存知なの?

 父である公爵が箝口令を敷き、屋敷の中で伏せられた話なのに。


(お父様が殿下に訴えてくれた?)


 慌てて父を見ると、真っ青になって震えている。

 秘密が露呈して、焦っている姿にしか見えない。彼が仕組んだことではないようだ。



 その後、誰もが驚くまま、殿下は明確な筋道で持って、レジーナが犯したという罪を公表していく。

 私が知らない方向にまで、義妹は悪どく手を伸ばしていたらしい。


 喚くレジーナは取り調べのため兵に連れられ退場し、父は"監督責任を問いたい"という名目で、私とともに別室に招かれることになった。

 宴を続けるよう言葉を残した殿下は、公爵家と共に夜会を中座した。




 それからは、流れるように話が進んだ。


 殿下の指摘で私は初めて知ったのだが、父がレジーナの行いを伏せてまで公爵家から王太子妃を出したかったのは、父が入手した鉱山に理由があったらしい。


 鉱山につぎ込んだ資金が赤字を生み、大貴族の体裁を保てない程の借金を負っていた。

 しかもその鉱山というのが、王家に届け出が必要な金鉱山。


 呆れたことに父は、それを隠して利を得ようとし、失敗して、王家の財力とパイプを頼るために娘を妃にする必要があった。


 この事実は重く、けれど"国王夫妻には都合よく筋書きを変えて伝える"という条件を父に提示した殿下は、ライネス公爵にいくつもの約束を飲ませた。


 外戚としての発言力を削ることもそのひとつ。

 私と王家に関して、父は一切の口出しをしないこと。

 さらに近々引退して、中央から退しりぞくこと。


 その他王家にとって程よく公爵家の力を調整したうえで、家柄や教養に文句なしの私を王子妃に迎える。


 話はそれで、まとまった。


("凡庸"ってどういう意味だったかしら)


 私が首を傾げるほど、エルナン殿下の手腕は隙なく鮮やかだった。



 そしてレジーナは身分剥奪の上、貴族に危害を加えた罪人として、刑に処されることになった。


 平民が貴族に手を出した場合、命であがなうことは必定。

 彼女は犯した罪に見合う罰を、受けることになる。



 殿下の意向で期せずして、私を苦しめた相手への意趣返しが決まっていく。


 途中でふと気づく。


(まるで氷だわ)


 ヘビが変じた指輪は、話し合いが進むにつれ、キンキンに冷えてきた。

 心の中で何度かヘビに呼びかけたが、応答はない。どうしたのか。


 私の魂は、ヘビとの契約上にある。


 "私が満足したら"という条件だが、私の満足は王太子妃がゴールではない。

 国が豊かになり、民が笑顔になって、初めてその第一歩。


 つまり私の寿命尽きたとしても、私の満足は無いつもりなのだが。



 今後のことが取り決められ、後日正式に布告されるという話が決まると、父は力なく退室し、私と殿下は二人きりになった。


「貴方の意向も聞かず、婚約者にといてしまって失礼しました。すぐにお詫びと正式な申し入れに伺いますから、許してください」


 そう言いながら殿下は私の手を取り、口づけを落とす。


(ど、ど、ど、どうしよう。どうしてこんなに良くしてくださるの? 私が誘惑するつもりが、まだ何もしてなかったのに)


 すべてが望む方向に進んでいく。


 私の心臓がバクバクとうるさいのは、何を隠そう男性に免疫がなかったからだ。

 家で机に向き合った青春に、それらしい機会が訪れたことはない。


「おや、この指輪。サイズが合っていないようですね」


 殿下は私の手を目線の位置に引き上げたまま、ヘビの指輪に目をとめた。


(? サイズはぴったりなはずだけど)


 ヘビは私に合わせて巻き付いた。


「不躾を承知で、預からせていただいても? こちらで直し、また、新しい婚約指輪も用意したく思いますので」


 言いながら、すでに殿下は私の指輪をそっと引き抜いていく。

 この場で"いいえ"と唱えようものなら、殿下に恥をかかせてしまう?


(でも、その指輪は魔族のヘビ)


 別の意味で緊張が高まる。

 跳ね続ける私の鼓動をよそに、指輪は最高に冷たくなり、けれど彼は温度に気づかないのか、平然とソレ・・をポケットに仕舞った。


(えええええええ)


 ほぼ初対面でレディの指輪を抜き取るなんて、許されるの? 王子殿下だからありなの?


 私はぐるぐると回る思考に答えが出せないまま、殿下に丁重に見送られ、気がつくと公爵家に帰りついていた。




 家では父の書斎に呼び出され、けれども力ない詰問は、殿下から渡された書状で突っぱねた。


 父が家長として私に干渉する力は、殿下との約束の中のひとつで消されている。


 顔が治ったことは、不思議な奇跡と片付けた。

 実際、不思議な人外の力ゆえだ。

 

 使用人たちは私の部屋を元通りに整え、久しぶりに懐かしい自室のベッドで私は身体を伸ばした。


(目まぐるしい一日だったわ)


 ふうと息をついて目を閉じたけれど、今日という日はまだ終わっていなかった。


「ひでぇ話だ」


 そう言いながら、黒いヘビが部屋に来たから。

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