第7話 舞台裏では

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 ──さかのぼること、夜会の後の王城で。



 人払いされた王太子の自室では、明かりもともさず、エルナン王子がテーブルの上の指輪を見ていた。

    

「いつまでそうしているつもりだ。賭けは私の勝ちだ」


 小気味良さそうな声は、指輪に話しかけたものだった。

 ゆるり、と、指輪がその形を崩していく。


「いつの間に、成り代わられたんです? 今朝までは確かに、暗愚な人間の王子だったのに」


 ヘビの姿に変わった指輪は、遠慮がちに、しかし不満を声に乗せて相手に応じた。


「では、その間だろう?」


 優雅に足を組みかえて、王子が平然とヘビに返す。


「本物のエルナンはどうなったんですか?」


 問いながら、テーブルからするりと床へ降りたヘビは部屋を見回し、「ああ」と納得の声を上げる。

 部屋隅には、黒くうごめく塊が横たわっている。


「"自分より優れた妃は不要だから"。そんな理由で裏から手を回し、犯行をそそのかすようなクズには、人間ひとの皮も身分もぎたものだ」


「っああー。じゃあ、まさか、レジーナが義姉に薬液をかけたのは……」


「薬液の出どころは、決して気取られないよう細工してあった。らぬところばかり、頭が回るようだ」


「はぁん。で、人間のフリをなさってらっしゃると。お好きですねぇ」


「王太子の権力を使うのが、手っ取り早かったのに加え……、ダンスも楽しかったしな」


 思い出したようにクックッと王子が、いや、王子の姿をした何かが、笑う。


「あの女、今世では"クリスティナ"ですっけ。ホンっトないですよ! いくら前身が"天の娘"だからと言って、人界にまみれて長いのに、何で"復讐"よりも"世直し"優先なんすか」


「だからお前の手には負えぬと言った。数千年かけて私がいまだとせない、興味深い対象なのだから」


 会話相手の半ば恍惚としたような表情に、ヘビがこぼす。


「執着すごくてん……でふっ」


 全てを言い終える前に、黒ヘビが蹴り飛ばされて壁に激突した。


 ビタンと床に落ち、ピクピクと痙攣するヘビの口から、泣き言が漏れる。


イヤだもう……。この国の令嬢と王子、足クセが悪すぎだろ……」


「お前の口が悪いのが、一番の原因だと思うがな。さ、クリスティナの皮を出せ。っただろう?」


「っええぇ……。火傷付きですよ? ハッ、まさかアレに被せて、娼館にでも投げ込むんで?」


 部屋隅の黒い肉片は、十分に生きている。


「まさか。大切なクリスティナの皮を、あんな蛆虫に使うわけがないだろう。この場で処分する」


 どこからか取り出された皮が、不自然な火に包まれて消滅していく。


「勿体ない……。オレ遊びたかったのに」


「だから回収したんだ。彼女のものは、視線のひと投げ、吐息といきのひと息まで私のものだ」


「ヘンタ……ゴブォホッ」


「ようやく今世の転生体を見つけた。お前のおかげだ。それは感謝しよう」


 ヘビを足下に踏みつけて、満足そうに王子が言う。


「そう思うなら、もっと丁寧に扱ってくださいよ……」


 やがてねぎわれたヘビが、黒い塊を下げ渡され、近くレジーナの魂を狩りに行く許可を得たこと等は、すべて夜の闇に溶け消え、人間ひとに知られることはなかった。……のだが。


 王太子妃が真面目なき女性だったため、以後、人の国はかつてないほど栄えたのだった。

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わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。 みこと。 @miraca

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