第13話.悪は焼き尽くす。永劫に

 馬車に乗って、便箋を読み、物思いに耽る。

 男が一人、乗り込んできて。

 扉が閉まり、ゆっくりと馬車が動き出した。


 街道を、北へ。


「始末はついたようで?」

「ええ。サラン兄さまが、あとは」

「そう。あの方、東西が落ち着いたから、戻ってこれたようですね。

 これで王国も今しばらくは安泰でしょう」


 サラン様はすでに、ご妻帯なされている。

 世継ぎもおり、第二王子のサラン様が王位につくなら大丈夫だ。


 それもあるから、奴は必死に暗躍していた、とも言える。

 隣国への対応に奔走されていたサラン様が、戻ってこられたら。

 すぐに王宮を追い出されていたろうからな。


「公爵家へのおとがめも特にありません」

「あってたまるものですか。あとは弟が何とかしてくれます。

 手筈通りです」


 もちろん私はすでに勘当されたことになっていて、放逐済みだ。

 王太子殿下を10年振り向かせられず、罪を重ね、婚約破棄された愚かな女として。


 王太子は狂った令嬢が害したとも、怪物が殺したともいわれ、情報が錯そうしている。

 そのうち、13年も前に亡くなっていたことが、公表されるだろう。

 王家……王妃殿下が、お認めになったのだから。


 きっと多くの悪事の、証拠と共に。


 これでやっと、彼は弔われる。


 便箋をたたみ、しまう。


「次はどこです?」

「北です。

 ラーライン侯爵領がきな臭い。

 奴らの手引きにも、関係していると見られます」


 目の前の男の瞳に、危険な光が宿る。


「あの事件は、まだ終わっていない。

 王都付近まで賊を送り込んだ者たちは、生きている」

「ええ。当分は仕事を続けることになりそうです」

「……ですが、一区切りです。

 ローズ、失礼を」

「ん……え、これは!?」


 頬に、何か当てられた。

 じくじくと疼く、あの痛みが、引いていく。

 まさか、それは全部燃えたのでは。


「先生のお宅にあったもの、ほんの少しですがずっと持っていたのです。

 あの夜以前に、ちょっとくすねまして」


 なんて王族だ。


「呆れた。それで?どういうつもりです?」

「お約束されたはずですよ。そのお顔を戻すことができたら――考えてくださると」


 ……本当に呆れた。


 こんなことをしても、もうあなたの兄に頬を染めた女は、いないというのに。

 あなたと穏やかに過ごしたローズティアは、どこにもいないというのに。

 もう幸福には戻れないのに、それでもいいと言うのだろうか。


 物好きな人。


「違います。『互いの顔を戻せる日が来たら』です。片手落ちです」

「そうでした。残念」


 わかってて言うのだから。存外、悪戯好きだな?さては。

 長い付き合いになったが……そういえば、知らないことの方が多い。


 私の王子様が、ようやく天に召されたのならば。

 私は私の共犯者に……向き合っても、いいだろう。

 ずいぶん、待たせてしまった。


「そもそも、わかっていながらなぜ、私を戻したのです。

 『火傷顔フライフェイスは』?」

「『二人で一つ』。誓いは、忘れていません」


 彼の残した紙片に従って、あの焼け跡で再会したとき。

 いくつか交わした、誓いの一つ。

 悪党を焼く悪役となり果てる、我ら二人の約束。


「……これでは私、わざわざ火傷顔を、作らなくてはならないのですけど。

 恰好つかないではないですか」

「ならばこれからしばらくは――僕の番です」

「フェルン」


 側妃の子とはいえ、王子。

 それに手を汚させるわけには、いかなかったのに。


 ……いや、もう遅いか。

 奴に止めを刺し。

 あなたは本当の意味で、我が共犯者になった。


 なって、しまった。


「咎めはしませんが、よかったのですか?」

「はい。我が兄と――我が愛しき人に地獄を見せた者に、復讐は成りました。

 ですが不思議です。まだあの炎が、消えない」


 フェルンが顔に張り付けていた、スライムを剥がす。

 私の普段していた顔くらいの、火傷。

 あの日、私を助けて、ついた傷。


 彼の誇り。


「フライフェイスなら、当然でしょう?」

「そう……ですね。いつか自分以外の人たちの、笑顔を取り戻すまで」


 この国は。

 小僧と小娘が10年悪党を殺したくらいでは、どうにもならない。

 周囲は敵国に囲まれているにも関わらず、貴族の腐敗は進む一方だ。


 平民はもっとひどい。苦しいとか、貧しいじゃない。

 犯罪者がのさばっている。法が機能していない。

 善良な人ほど、辛い目に遭っている。


 上が多少良くなったところで、それは変わらないだろう。

 それでも。


「ふふ。治ったというのに……この顔の下が疼く」

「それはいけない。悪党を焼いて――怪物を鎮めるとしましょう」

「ええ、燃え尽きるまで」

「はい。燃え尽きるまで」


 悪役の務め。見事果たして灰となり果てる、その時まで。

 我ら二人の旅路は、終わらない。



  ◇  ◇  ◇



 寓話・フライフェイスは特定の作者がなく、いくつかの話が混ざったものだと言われている。


 ────自分の顔を癒やすため、秘薬を求めるお人好しの話。

 ────弱きを助け、悪を挫く、火傷顔の夫婦の話。

 ────モンスターを従え、炎の先からやってくる、怪物の話。


 地方によりそれぞれで分かれていることもあれば、一つになっていることもある。

 一説には、すべて同じ人物の実話であるとも。

 寓話集をまとめるにあたって、一つにすべきか、分けるべきかは、大変悩ましかった。


 だがそれらと関わらず、はっきりと人々に長く伝わっているものがある。

 フライフェイスと言われて誰もが思い浮かべるだろう、悪事を諫める警句だ。

 あなたもきっと、聞いてことがあるはずだ。


 今もこの国では、悪戯っ子が叱られるとき、こう告げられる。


 人に言えない悪さをすると、燃える魔物に見つかるぞ。

 暖炉の炎の向こうから、歪んだ顔がいつも見ている。

 ほら、火の弾ける音に混じって。悪事を嘲笑わらう声がする。








────フハハハハハハハハハハハ…………

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令嬢ローズティア、業火に燃え、悪役となる。 れとると @Pouch

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